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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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巫女達の日々の務め

「ああ、すっかり遅くなっちゃったわね。早く行かないと」

「そうね。急いで行かないと」

 先に講義を終えていたマークとキムに、まだ教室から出て来ないレイルズに先に帰る伝言を残したクラウディア達は、ジャスミンがいつも手配してくれる馬車に乗って女神の神殿の分所へ急いで戻った。

 到着した馬車から降りて、大急ぎで自分達に与えられている自室へ向かう。

 夕方のお祈りの時間が迫っているが、まずは持って帰ってきたノートや筆記用具を部屋に置いてこなければならない。巫女達が、私物を勝手に神殿内部に放置する事は許されていないからだ。

 ノートや筆記用具をまとめた包みをひとまずそのまま定位置の棚に置くと、大急ぎで礼拝堂へ向かった。

 ジャスミンは、竜騎士隊の本部の部屋とは別に、この女神の神殿の分所に併設されている巫女達のための自室が並んだ一角にも彼女の部屋が用意されている。

 当然個室で、彼女は位は持たないがクラウディアと同じ二位の巫女の扱いとなっている。

 このあたりは実は裏では色々とあったのだが、彼女本人の希望もあり、仮の身分という事で現在は二位の巫女として扱われて日々の務めを果たしている。

 順次慣れてくれば、さらに高位の巫女や僧侶としても役目も与えられる事になっているのだ。

 これは、ジャスミンに実際の祭事の際の巫女達の働きやその意味などを主に知ってもらうことが目的なので、特別扱いは一切されておらず、裏方の掃除などの務めも日々担当している。




「遅くなりました」

 急いで身支度を整えて礼拝堂のそれぞれの定位置に入る。

 すでに並んでいた巫女達が、笑顔でそっと小さく手を振り彼女達を間に入れてくれた。

 時を告げる鐘の音と共に、巫女達が手にした小さなミスリルの鈴を鳴らす。三人も他の子達が鈴を振るのに合わせて、持参したミスリルの鈴をそっと鳴らした。

 夕方のこの時間は、参拝に来る城の貴族の人達や一般兵達も多いため、礼拝堂は静かな騒めきとも言える凛とした独特の雰囲気を持った場になっている。

 澄んだミスリルの鈴の音が響き渡り、礼拝堂は一気に静まり返る。

「女神オフィーリアに、感謝の祈りを」

「女神オフィーリアに感謝の祈りを」

「精霊王に、祝福あれ」

「精霊王に祝福あれ」

 巫女達の唱える決められた言葉を、参拝者達が続いて一斉に唱える。

 それから、神楽隊と呼ばれる楽器を持った神官達が音楽を奏で始める。巫女達の歌がそれに続く。

 広い礼拝堂は、巫女達の澄んだ歌声と続く祈りの言葉に優しく包まれるのだった。



「お疲れ様。私、数ある日々のお祈りの時間の中でも、この、お歌のあるお祈りの時間が大好き」

 ミスリルの鈴を決められた箱の中に戻しながら、笑顔のニーカがそう言って振り返る。

「早朝の祈りとこの夕刻の祈りは、確かに他とは違う独特の雰囲気があるわよね。私も好きだわ」

「そうね、なんて言うのかしら。背筋が伸びるみたいな気がする」

 周りで同じようにミスリルの鈴を片付けていた巫女達も、次々に同意するようにそう言って笑い合う。

「ほら、片付けが済んだら早く戻りなさい。次のお務めが待ってるわよ」

 ミスリルの鈴の箱を取りに来た僧侶にそう言われて、揃って元気よく返事をした巫女達は大急ぎでそれぞれに与えられた場所へ向かった。



 クラウディアとニーカ、それからジャスミンの三人は、明日の参拝者達が使う蝋燭の準備の為に揃って倉庫へ向かった。

「さて問題です。今から整理する中型の蝋燭は一箱に三十六本入っています。トレーに入れて用意するのは五本単位。トレーは何個必要ですか?」

 笑ったジャスミンの言葉に、ニーカが笑顔で得意気に胸を張る。

「トレーは一箱につき七つ必要です。一本余るので、それは置いておいて後でまとめてまた整理しま〜す!」

 その中型の蝋燭が入った木箱は、彼女達が取りやすいように三段に積み上がった山が四列になって並べられている。

 合計十二個積み上がっているその中型の蝋燭の木箱を見て、ニーカはそれは真剣に指を折って計算を始めた。

「ええと、三段かける四列だから蝋燭の入った木箱は全部で十二個。その12かける7だから……トレーは全部で七十四個!」

 これまた得意気に言ったあと、また無言になって考える。

 クラウディアとジャスミンは、笑いを堪えてニーカを見ているだけで何も言わない。

「あれ? 繰り上がりの10が何処かへ行っちゃったね」

 筆算なら、かなり難しい計算も出来る様になったニーカだが、暗算はまだまだ計算も遅くよく間違う。特に、二桁同士の計算や、繰り上がりのある計算の暗算で間違う事が多い。

「はい、気がつけばよろしい。正解は84ね。それに全部で十二本の蝋燭が余るから、トレーはあとニつは用意出来るわね」

「じゃあ、トレーは全部で八十六個!」

 嬉しそうなニーカの声に、二人が笑って拍手をしてくれた。

 だが実際には、折れたり曲がっていたりする事もあるので、全ての蝋燭を準備出来るわけではない。

 心得ている彼女達は、まずは十個ずつ整理されているトレーをそれぞれ持って来て、三段ずつ並べてくれてある蝋燭の箱を開けてせっせと準備を始めたのだった。



「失礼します。追加の蝋燭の納品が来たので、持って参りました。何処に置けば良いでしょうか?」

 若い神官が三人、年配の僧侶に連れられて台車に積み上がった大量の蝋燭の木箱を持って来てくれた。

 これらも全て明日中に使う分なので、今日のうちに残らず整理しなければならない。

「そっか、明日は白露の日だから、こんなに蝋燭が多いのね」

 いつもよりもかなり多い木箱の山を見たジャスミンが納得したようにそう呟き、クラウディアが笑顔で振り返る。

「そうね。季節毎の節目の一つ、二十四節気の一つ、白露の日ね」

「今までは、何となく言われるままに祭壇に蝋燭を捧げたくらいで、あまりその日が何の日なのかなんて気にもしていなかったけど、ここに来て思い知ったわ。本当に一年を通じていろんな祭事があるのね」

「もう覚えた?」

 ニーカの得意そうな言葉に、ジャスミンは誤魔化すように笑って肩を竦めた。

「二十四節気は全部覚えたわ。でも、それがいつで何をするのかって言われたら……えへへ」

「まあ、やっていれば嫌でも覚えるわ。それに、それが何日なのかは年によって変わる事もあるから、日にちで覚える意味はないわよ。毎年配られる祭事の予定表を見て確認すれば良いわ」

 笑ったクラウディアの言葉にニーカも笑顔で頷き、三人は顔を見合わせて笑いあってから、神官達が積み上げてくれた木箱を順番に開けていったのだった。

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