自覚なき天才
「ありがとうございました!」
「お疲れ様でした。では月の定期観測、頑張ってくださいね」
「はい、またまとめたら持ってきます」
定期的に行っている天体望遠鏡を使った月の観測ノートは、授業の時に教授に提出している。
今も、渡していたノートを教授が見てくれて、内容を書き写して返しくれたところだ。
「来週辺り、西の空の麦の穂座のあたりに規模は小さいですが流星群が出ますよ。時間があれば見てみてくださいね」
「麦の穂流星群ですね。そろそろ麦の収穫も始まる頃だから、ちょうど良いタイミングですね」
「ああ、確かにそうですね。さすがによくご存知だ」
アフマール教授は、嬉しそうにそう言って笑うと積み上げていた資料を持って来たカゴの中に放り込んで、抱えて教室を後にした。
一礼してそれを見送ったレイも、机の上に置いてあったノートを片付けて鞄に入れると窓を閉めてランプの火を落としてから教室を後にした。
「お疲れさん。クラウディア達はお祈りの時間があるからって先に帰って行ったよ」
「お疲れさん。それじゃあレイルズも戻った事だし、とにかく本部へ戻ろうか」
何故か揃って廊下にしゃがみ込んでいた二人が、教室から出て来たレイを見て揃ってため息を吐いてからゆっくりと立ち上がった。
だけどなんだかとても疲れてるみたいに見える。
「お疲れ様。えっと、なんだか疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
「おう、大丈夫だよ。ちょっと教授達から久し振りのダメ出しを食らって凹んでただけだからさ」
「だよな。気にしないでくれ」
と言いつつ涙目になっている二人を見て、レイは慌てて二人の背中を撫でた。
「えっと、何が駄目だったの? 僕に何か手伝える事はある? 資料作りならまたいつでも手伝うからさ」
しかし、顔を見合わせた二人は乾いた笑いをこぼした。
「いやいや、そっちはとてもよく出来てるってお褒めの言葉を頂いたよ。そうじゃなくてさ。やっぱり人前でそれなりのレベルで話すのってある程度慣れが必要だからなあ」
「だよなあ。ちょっと途中で話してて詰まったりすると、すぐにボロが出るんだよ」
「所詮は俺達のやってる事って、付け焼き刃だからさ」
大きなため息と共にそう言って、また二人は顔を見合わせてため息を吐いた。
「ああそっか。人の前で話をするのは、やっぱり慣れの部分が大きいからねえ」
どうやら、午後からの教授達の前での講義で何か失敗をしてしまったらしい。
「だよな。一応色々と誤魔化し方みたいなのも教えてもらったから、戻ってもう一回講義の組み立て方を考え直すよ。まあ、資料作りでまた手がいる時にはお願いするかもな」
「うん、いつでも言ってね」
笑ってそう言ったものの、ふと思いついて考え込んでしまう。
「ん? どうかしたか?」
それぞれ足元に置いていた資料を抱えた二人が、急に黙り込んだレイを不思議そうに見ている。
「ねえ、ちょっと思ったんだけど。あまり講義する事を難しく考えすぎてない?」
その言葉に、二人が揃って顔を見合わせる。
「いやいや、だって全く新しい事を説明するわけだからさ」
「そうだよ。だから一から詳しく説明しなきゃ駄目なんだよ」
当然のように、揃ってそう言う二人を見てレイはにっこりと笑った。
「もちろんそれはそうだよ。だけど、講義を聞きに来ている人達は、精霊魔法の素人じゃあないでしょう?」
「そりゃあそうだよ。それどころか、教授やケレス学院長までいるわけで……」
「今やってる、第四部隊の兵士の人達だってそうでしょう?」
「もちろん。正直言って、ほぼ俺達より階級も上で知識も豊富な方ばかりだって!」
まるでレイのように情けなさそうに眉を寄せてそう言う二人を見て、レイは彼らが持っている資料を指でそっと突いた。
「それならさあ、事前に講義を聞きに来る人って分かってるんだよね?」
「もちろん。ダスティン少佐やディアーノ少佐がまずは人選してくださってるんだ」
そう言って揃って頷く二人を見て、レイは満面の笑みになった。
「それならこうすればいいよ。事前に資料を渡しておいて、講義の当日までに詳しく読んでいて貰えば良い。そうすれば、最初から合成魔法に関して最低限の知識はある状態で講義を聞きに来てくれる訳だからさ。なんなら質問事項をまとめておいてもらうと、なお良しだね。ほら、いつも離宮で僕達がやっているみたいに、他の人達の考えも聞くようにすれば? そりゃあ基礎知識は重要だけど、第四部隊の人なら少なくともその部分はもう持っているわけだから、マーク達が何度も同じ説明をする必要ないんじゃあない?」
満面の笑みのレイの言葉に、二人は揃ってポカンと口を開けてまま固まってしまった。
「えっと……ごめんね。僕、何か変な事言った?」
あまりにも反応が無くて、戸惑いつつも彼らの顔を覗き込んだレイが困ったようにそう言って謝る。
途端に、二人揃ってしゃがみこんで笑い出した。
周りにいた人達が、何事かと振り返るくらいに笑いが止まらない。
「ええ、一体どうしたの。ねえってば」
あちこちから何事かと注目を浴びているのに気が付き、慌てたように二人を立たせる。
「レイルズ。お前最高だな!」
「全くだよ。本当にその通りだ! なんで今までそれに気が付かなかったんだよって!」
二人はもうこれ以上ないくらいの笑顔で左右からレイに飛びつくみたいにして抱きついてきた。
「だよなあ。全部俺達が自分でやらなきゃって思って思い込んで、気負いすぎてたよ」
「そうだよなあ。相手は俺達なんかよりも遥かに経験も知識も豊富な方々ばかりなんだからさ」
「だよなあ。胸を借りるつもりでもっと気楽にやれば良いんだよな。俺達だって、まだまだ合成魔法に関しては、分からない部分の方が多いんだからさ!」
「ああ、俺は今猛烈に感動してるよ! やっぱり自覚なき天才は違うよ」
「だよな。本当にその通りだ!」
何やら興奮して捲し立てる二人の様子に、レイも嬉しくなって一緒になって声を上げて笑ったのだった。
『おやおや。どうやらまたレイは彼らとは違う視点で、彼らの問題を解決したようだな』
『本当に主殿はすごいね』
『育て甲斐があるお方で我らも嬉しい』
『本当にそうだよね』
ブルーのシルフと並んで窓枠に座ったニコスのシルフ達の嬉しそうな言葉に、ブルーのシルフも満足気に大きく頷く。
『それは当然であろう。彼は唯一の古竜である我の主なのだからな』
当然のように胸を張ってそう言うブルーのシルフに、ニコスのシルフ達はコロコロと笑って揃って頷き、拍手をしていたのだった。




