食事と午後からの授業
「ふう、もうこんな時間なんだね。それじゃあそろそろ片付けて食事に行こうか」
聞こえてくる時を知らせる鐘の音に気づいたレイが、読んでいた本から顔を上げて大きく伸びをしながらそう言って振り返った。
「ああ待って! お願いだから、その前にここだけ教えてください! 何度やっても計算が合わないの!」
慌てたようにニーカがそう言って数学の問題集を指差すのを見て、笑ったレイが隣に座る。
「良いよ、何処?」
問題集を見たレイは、笑顔で頷くと目の前でまずはニーカの前でその問題を解き始めた。
「うん、ありがとう。さすがね。すっごくよく解りました!」
笑顔のニーカの言葉に、見守っていた皆から拍手が起こる。ニーカは他の一般教科はそれなりの点数が取れているのだけれど、どうにも数学がかなり苦手らしく、いつもキムかレイが解らないところを教えてあげているのだ。
「まあ職人でもない限りは、こんな計算式なんて日常生活で使うことなんてまずないんだからさ。それなりに出来ているんだから充分だって」
ため息を吐いて片付けを始めたニーカを見て、キムが笑いながら慰めるようにそう言って背中を叩く。
「そりゃあ確かにそうだろうけどさ。でもおかげで計算が速くなったのは事実よ。例えば、神殿で蝋燭の整理をしている時に、15本ずつ決められたトレーに並べて整理するんだけど、納品されてくる蝋燭は一箱が48個本単位なのよね。今までだったら、一々作ったトレーを並べて、その時に必要な数になるまで何度も何度も数えていたわ。だけど今では何箱あれば必要な本数が集まるのかすぐに分かるようになったもの。数学ってすごいよね。レイルズがいつも言ってる通りだわ。知識と教養は幾らあっても邪魔にならないんだって」
得意気なニーカの言葉に、皆が納得したように頷き合ってまた拍手をする。
「確かに、15本単位で整理するのに、納品されて来る蝋燭が48本単位なら、計算出来なければちょっと苦労しそうだな」
「特に蝋燭の整理は手も汚れるから、洗浄の技を使える私とディアがいつもやっているの。おかげでどの大きさのろうそくでも苦労せずに整理出来るようになったわ。ねえ」
笑ったニーカの言葉に、クラウディアもノートを片付けながら笑顔で頷く。
「確かにそうね。以前は、蝋燭の整理をしながら私が計算の仕方を教えていたわよね」
「一番短いのは30本単位だから、一箱144本入りの箱から何組取れるでしょうか! ってね」
「暗算が出来なくて、いつも黒板を用意して計算してたわよね。おかげで、余りの出る計算は速くなったわ」
「すごい、習った事が活用出来てるじゃないか!」
感心したようなマークの言葉に、また皆で笑って拍手をしたのだった。
自習を終えて、それぞれ持って来た本を図書館に返した後、揃っていつものように食堂へ向かった。
「ここの食堂って美味しいし好きなだけ取れるから、いつも楽しみなのよね」
最近少し背が伸びて来たニーカが、嬉しそうにそう言って笑う。
「ジャスミンは相変わらず少食よね。本当にそれで足りてる?」
無邪気なニーカの質問に、ジャスミンは笑いながら自分のトレーを見る。
「そうね。別にお腹が空く事はないわよ。後でデザートも取るから大丈夫よ」
「確かに会食の時に女性の食べる量を見て、僕も、あれで足りるのか本当に心配になったことが何度もあるよ」
レイの言葉に、相変わらず山盛りになった料理の乗ったレイやマーク達のトレーを見て、ジャスミンが呆れたように笑う。
「まあ、私達が男の人と同じだけ食べるのはさすがに無理だと思うわ。そもそも男性と女性では運動する量が違うでしょう?」
「そうなの……かな?」
レイが自分のお皿を見て何やら真剣に考えて、首を傾げながらマークとキムを振り返る。
二人は苦笑いしながら揃って顔の前でばつ印を作った。
「そんな事俺達に聞かないでくれって。でもまあ男性と女性では運動する量が違うってのは、確かに有力な説かもな。だけど軍部に所属している女性兵士なら、ほとんどの場合俺達と変わらないくらい食べてるんじゃないか?」
「確かにそうだな、皆よく食べてる」
キムの呟きにマークも笑いながら頷いている。
「ああ、そういえばカウリの奥さんになったチェルシーも、結婚してお家にいるようになったらあんまり食べなくなったって言ってたね」
「それはあるだろうな。例え事務方であったとしても基礎訓練は日常業務のうちだから、運動量はそれなりにあったと思うぞ。確かに除隊して家にいるようになったら、太ったって話もよく聞くよな」
笑ったキムの言葉に、マークも苦笑いしながら頷いている。
「ティミーもかなり食べられるようになってきたもんね」
笑顔のレイの言葉に、ティミーは照れたように笑ってしっかりとお祈りをしてから食べ始めた。
レイ達も笑って顔を見合わせると、それぞれにしっかりとお祈りをしてから食べ始めたのだった。
「それじゃあ、また後でね」
笑顔で手を振り、食堂の前で別れてそれぞれの教室へ向かう。
マークとキムは、講義の練習の為に教室ではなく合同授業を行う大教室、通称、大部屋と呼ばれる通常よりも広い特別教室へ向かった。
「ご苦労さん。それじゃあ始めようか」
待ち構えていた教授達に満面の笑顔で出迎えられてしまい、通常とは逆に教授達が聴講席に、一礼したマークとキムが教壇に立つ。
精霊魔法訓練所の教授達も、この合成魔法に関しては全くの素人だ。
教授達全員が二人の講義を聞きたがっていて、この時間に授業が無かった教授達は全員集まってきている状態なのだ。
ケレス学院長までが嬉しそうに聴講席に座っているのを見て、もう揃って乾いた笑いが出る二人だった。
レイは、天文学のアフマール教授に、先程キムから聞いた図書館に置かれている本の話を聞き、予想通りに教授が定期的に本の入れ替えをしてくれていた事を今更ながらに知り、何度もお礼を行ったのだった。
「お気になさらず、これは私の仕事のうちですからね。それに、天文学に関する書物は誰かさんのおかげでずいぶんと蔵書が増えましたからね。有難い事です」
レイは、自分が竜騎士見習いとして紹介された後の、あの天文学の書物をめぐる大騒ぎを思い出して、教授と顔を見合わせて乾いた笑いをこぼしたのだった。