再戦
『女王を落として三手先に進呈しようか？』
からかうようなブルーの言葉に、一瞬だけ姿を表したレディーローズは顔を上げてキッと睨み付けるようにブルーのシルフを見た。
『お気遣いは無用に願うわ。私は対等の勝負がしたいの』
『そうか、それは失礼した。ではせめて先手を進呈しよう。お先にどうぞ』
『では遠慮なく！』
そう言って、自身の駒であるローズクオーツの駒を進め、すぐに消えてしまった。
それを見て笑ったブルーのシルフが指示をして、盤上のシルフがこちらの陣営の歩兵の駒をゆっくりと進めた。
どうやら、レディローズは今回は姿を見せずに勝負する事にしたらしい。
ローズクオーツの駒が時折飛び跳ねる事で、彼女がそこにいるのだと分かった。
「へえ、序盤は案外普通の展開だな」
ルークとアルジェント卿は、先程のブルーとの勝負でルークが使っていた真っ黒な陣取り盤を前にして、ブルーとレディローズの勝負をこちらの盤上で再現しながら二人の戦いを必死になって確認しながら追いかけていた。
ティミーとレイも席を移動して、それぞれアルジェント卿の隣にティミーが、ルークの隣にレイが座ってこちらも真剣な顔で時折質問しながら勝負の行方を見守っていた。
しかし、中盤あたりでレディローズが一気に仕掛け、ブルーがそれを一方的に受ける展開になった。
「へえ、彼女もなかなかやるじゃんか」
感心したようなルークの呟きを聞きながら、馬車の駒を落とされたブルーの陣営をレイは息を殺して両手を握りしめて見つめていた。
しかし、今は守りを固めて一方的に攻撃を受けるだけのブルーは何故か余裕綽々だ。
何か言いたげなレイの視線を感じたのか、ブルーのシルフが振り返ってレイを見て笑顔になる。
『これから我がする事をしっかり見ておきなさい。きっと其方にとっても良い勉強になるだろうからな』
無言で頷く真剣な表情のレイの様子に、ブルーのシルフは笑って大きく頷くと前を向いた。
『どうして攻撃して来ない？』
また唐突に姿を表したレディローズが思いっきり不満げな口調でそう言い、たった今取った歩兵の駒を盤上から転がすようにして蹴り落とす。それに気付いたシルフ達が、慌てたように落ちてきた駒を空中で掴んでそっと机の上に下ろした。
それを横目に見たブルーのシルフが鼻で笑う。
『駒に当たるでない』
そして、ゆっくりと首を振った。
『さてな、我はいつも通りだよ』
『寝言は寝てから言え』
小さな舌打ちと共に忌々しげにそう言うと一瞬でその姿はかき消えてしまい、また攻撃を再開する。
一向に立ち向かってこないブルーの様子に痺れを切らしたレディローズが、ガラ空きになっていた左側に騎士の駒を進めた。ここから一気にブルーの陣を崩しにかかるつもりで。
『かかったな』
小さく笑ったブルーは、そこから突然攻撃に転じた。
まず、深入りしすぎた騎士を騎馬の駒で落とし、即座に僧侶の駒に攻め返されたところで、赤い帽子を被った歩兵が騎士の駒がいなくなってガラ空きになった穴から一気に攻め込んで来たのだ。
「す、すごい……」
胸元にクッションを抱きしめたままのティミーが、小さく唾を飲み込みながらそう呟く。
「うわあ、ここから来たか」
隣の盤上で今の動きを再現していたルークの声が、静まり返った部屋に響く。
『何の！』
苛立ったようにそう呟き、さらに攻撃を仕掛けるレディローズ。
しかし、騎士と僧侶の駒を取られてしまった事で一気に機動力が落ち、攻撃の幅が狭くなってしまった。
対してブルーが落とされたのは最初の馬車以外は最前線の歩兵が多く、重要な駒までは実は攻撃が届いていない。
同等だったはずの戦いは、ここへ来て戦力に大きな差が現れていた。
「うわあ、陰険なやり方だねえ。絶対性格出てるぞ」
呆れたようなルークの呟きに、口元を覆って考え込んでいたアルジェント卿が堪えきれずに吹き出す。
「ふむ、これは有効な攻撃方法ではあるが、確かにこれ以上なく陰険だなあ」
「だよなあ。これだけ煽っておいて、自分側の被害は軽微って……うわあ、怖い怖い」
もう完全に面白がっているルークの呟きに、レイとティミーは言葉も無くただただコクコクと揃って頷く事しか出来なかった。
『くう……参りました』
今回は、相手が参ったと言った時点でブルーも素直に攻撃をやめたので、そこで投了となった。
「お見事。そしてお疲れ様。なかなかいい勝負だったよ。とても勉強になった」
真顔のルークがそう言って拍手をし、アルジェント卿も大きく頷いてレディローズの健闘を称えた。
レイとティミーも顔を見合わせて笑顔で頷き合い、揃って惜しみない拍手を贈ったのだった。
『そうね。確かにとても良い勝負をさせてもらったわ。まだまだ自分が未熟だってことがよく分かった。もっともっと精進しなくてはね』
ローズクオーツの駒は、そう言って一度だけぴょんと飛び跳ねると、そのまま倒れてコロコロところがり相手の王の駒に当たって止まった。
『おやおや、また拗ねて消えてしまったな』
おかしくて堪らないとばかりにブルーのシルフがそう言い、ふわりと飛んでレイの右肩に座った。
『まあ良い。きっとそのうち何事もなかったような顔でまた現れるさ』
「そうだな。いやあ本当に勉強になったよ。戻ったらマイリーに教えてやろう。絶対悔しがるぞ」
「なんならもう会議は終わってるはずだから、シルフを飛ばしてやれ、間違いなくすっ飛んでくるぞ」
こちらも面白がっているアルジェント卿の言葉に、ルークが遠慮なく吹き出す。
「あはは、そりゃあいい。じゃあ是非そうさせてもらおう、なんならラピスに言ってお相手願えばいいんだよな」
『ああ、構わんぞ。彼とは一度サシで勝負してみたかったのだよ』
その言葉に笑ったルークがその場で本当にマイリーを呼び出すのを見て、レイとティミーだけでなくブルーのシルフをはじめとしたそれぞれの竜の使いのシルフ達までが揃って大笑いをしていたのだった。
