昼食の席で
「はあ、何とかなりましたね。ありがとうございます」
こめかみの三つ編みに、今日は紺色の紐を括ってもらったレイが笑顔でそう言って立ち上がる。
豪快についていた寝癖は、二人の執事とシルフ達の手ですっかり綺麗になりいつものふわふわな髪に戻っていた。
「いつもながら、レイルズ様の寝癖は豪快ですね」
ティミーも前髪にお揃いの紺色の紐を結んでもらってご機嫌だ。
「あはは、もういくらお願いしてもシルフ達が僕の髪の毛で遊ぶのをやめてくれないんだもの。でもまあ、すぐに直るから良いんだけどね」
呼びもしないのに集まってきて、また髪を引っ張り始めたシルフ達をレイが慌てて止める。
「もう、今日は終わり。僕の髪で遊んじゃ駄目です」
前髪を押さえながら文句を言ったが、どう見てもその顔は笑っていたので、彼女達も楽しそうに笑っているだけで知らん顔なのだった。
「ではご案内致します」
すっかり身支度を整えた二人は、まずはそのまま本宅へ案内されて向かった。
「おはようさん。ゆっくり休めたか?」
到着した窓の大きな広い部屋では、ちょうどルークとアルジェント卿が揃って昼食を食べているところだった。
「おはようございます。ええと、なんだかいろいろ大変な夜でした」
レイが、ルークの隣に用意された席に座りながら苦笑いしてそう言うの聞き、ルークとアルジェント卿が揃ってこれ以上ない笑顔になる。
「それでどうだった? 陣取り盤の精霊には会えたか?」
アルジェント卿の問いに、並んで座ったレイとティミーが揃って困ったように顔を見合わせる。
「やっぱりアルジェント卿は、何が出て来るのかをご存知だったんですね」
咎めるようなティミーの言葉に、アルジェント卿だけでなくルークまでが揃って吹き出す。
「もちろん知っておるぞ。あの陣取り盤の精霊とそれなりの勝負が出来れば立派に一人前だよ。それでどうだったのだ?」
「どうって言うか……はい、勝負自体は勝ちました。それで、僕の事を我が対戦相手として認めると言ってくれましたよ。ああ、もちろん許可を得てゲイルと一緒に戦いました!」
ルークが何か言うより先に、ティミーが慌てたようにそう言って自分の右肩に座っているターコイズの使いのシルフを示す。
「ああ、向こうが認めているのなら問題ないさ。まあターコイズもそろそろ老竜と呼ばれるほどの年齢なんだからな。陣取り盤の攻略なんてお手の物だろう?」
笑ったルークがそう言ってターコイズの使いのシルフを見る。
『確かにあの遊びは面白いな』
『いくらでも攻める手があり守る手がある』
『知れば知るほどに奥の深いものだよ』
『皆が夢中になるのも道理というものだな』
苦笑いするターコイズの言葉に、ルークも笑って頷いていた。
「失礼いたします」
その時、軽く一礼した執事が、レイとティミーの前に綺麗に盛り合わせたお皿を置いてくれた。
レイのところには、山盛りになった分厚く切ってソースがたっぷりとかかった燻製肉と温野菜が盛り合わされていて、その隣には暖かなスープのお皿が置かれた。レイとティミーの間には、幾つもの焼き立てのパンが入った大きな籠が置かれた。
ティミーの前に置かれたお皿には、レイのものとは逆に小さく切った燻製肉がこじんまりと盛り付けられていて、温野菜の量も半分くらいしかない。スープの入ったお皿も、レイのものよりもかなり小さめだ。
顔を見合わせて笑顔になった二人は、それぞれにしっかりとお祈りをしてからカトラリーを手にした。
まずは二人がしっかり食べ終えるまで、先に食事を終えたアルジェント卿とルークはお茶を飲みながらゆっくりと待っていてくれた。
「それで、レイルズの方はどうだったんだい?」
二人のところにもお茶とお菓子が運ばれてきたところで、待ちかねていたルークにそう聞かれて、レイは思わず手にしたお茶の入ったカップを落としそうになったのだった。
「大丈夫か? もしかして、レイには陣取り盤の精霊のお相手はまだちょっと早かったかな? だけど、ラピスも一緒に相手をしたんだろう?」
すると、レイは困ったように眉を寄せてアルジェント卿を見た。
「あの、もしかしたら、彼女はしばらく拗ねて出て来ないかもしれません。もしもそうだったらごめんなさい、あ違った。申し訳ありません!」
そう言って深々と頭を下げるレイを見て、アルジェント卿とルークが驚いたように目を見開く。
「おいおい、お前、一体何をしたんだよ」
呆れたようなルークの問いに、レイはまた眉を寄せてルークを見た。
「えっと、彼女が結界の中に僕達を閉じ込めてしまって、静かに勝負しようって。そうしたら、その……ブルーがすごく怒っちゃって……」
しかし、アルジェント卿はとても驚いた顔でレイを正面から見つめた。
「待ちなさい。今其方、陣取り盤の精霊の事を彼女と呼んだな」
隣では同じくらいにルークも驚いている。
「あ、はい。えっと……初めは小さな少女の姿をした精霊だと思っていたんですけど……」
「あれは怖かったですよねえ。僕、頭から丸齧りにされるんじゃあないかって、本気で思いましたから」
隣で、お茶のカップを置いたティミーもそう言って、小さく震えてみせる。
無言になったアルジェント卿を見て、レイも小さなため息を吐く。
レイの右肩では、ブルーの使いのシルフがこれ以上ないくらいに不機嫌な顔でソッポを向くのを、ルークとアルジェント卿は驚いて見つめていたのだった。




