レディローズとの勝負
「これで王手ですね」
息をもつかせぬ攻防の末、最後はティミーがマイリーに見せてもらったばかりの多面打ちを仕掛け、レディローズがそれを正面から打ち崩したところでもう一段、同じく多面打ちの罠を張っていて、それに引っかかった彼女の騎士の駒を落とし、見事に彼女の守りに穴を開けて見せたのだ。
ティミーの勝利宣言にレディローズは大きなため息を吐くと、先ほどまでとは一転して子供のような笑顔になり大きく拍手をした。
『お見事。素晴らしい戦いだった。空竜の主殿を我が対戦相手として認めるわ。どうぞこれからも、いつでも対戦しに来てちょうだい。待っているわ』
最後はそっと投げキスまでしてそう言うと、振り返ってレイを見上げた。
『では、古竜の主殿はどう? お相手いただけて?』
「貴方と勝負しないと、ここから出られないんでしょう?」
嫌そうに眉を寄せるレイの言葉に、レディローズは楽しげにコロコロと笑った。
『最初はどちらかが勝てば解放して差し上げるつもりだったのだけれど、やめにしたわ。だって、古竜と勝負が出来るなんて機会を私が逃すとでも?』
一転して、またしても妖艶な笑みでそう言い、ぺろりと舌なめずりをする。
小さく深呼吸をしたレイが、ティミーと交代してソファーに座る。
ブルーのシルフがレイの右肩に、そしてニコスのシルフ達が全員揃って盤上に現れた。
『まあ、さすがは古竜の連れている精霊は違うわね。まさか、知識の精霊の、しかも古代種にお会い出来る日が来るなんてね』
嬉しそうなレディローズの言葉にティミーが目を見開く。
今の彼女達は、ティミーにも姿を見せている。
「では、よろしくお願いします」
レイがそう言って、散らかっていた駒を並べようとした。
しかし、レディローズが笑って軽く手を叩くと一瞬で駒が全て定位置に戻った。
『時が惜しいわ。では始めましょう。どうぞお手柔らかに』
『器用な事をする。まあ良い。では始めるとしようか』
笑ったブルーのシルフの言葉に、レディローズも嬉しそうに大きく頷いた。
レイが先手をもらう。ただし今回はそのまま始められた。
古竜と知識の精霊が味方についているレイを、レディローズは対等の対決相手として認めたのだ。
主にブルーが、時折ニコスのシルフ達にも教えてもらいながら駒を動かすのはレイの仕事だ。
レイはブルー達に教えられるままに駒を動かしながらも、それはそれは真剣に頭の中で次の手を考えていた。
ティミーとターコイズの使いのシルフも、レイの隣に座って同じく真剣に勝負の行方を見守っていたのだった。
「うわあ、さすがは古竜……もう一方的な展開になってきたよ」
見ていたティミーが、小さく震えてそう呟く。
盤上では、先程のティミーとの対決の半分にも満たない時間だが、もはや一方的な勝負が繰り広げられていた。
何しろ、ブルーは怒っていたのだ。
静かに深く。
元竜騎士であり、今も現役の竜の主であるアルジェント卿の屋敷に泊まるのに、危険など無いと思っていた。
離れに守護精霊が現れた時には驚きはしたが、相当古い建物である事はわかっていたので特に慌てることもしなかった。
何よりもオルダムの街の建物の守護精霊が、竜の主に対して害意を持つ道理がない。そう思って、屋敷の中を好きに走り回るレイを安心して自由にさせていた。
ティミーと一緒にいて、レイもとても楽しそうだったのだから。
それなのに、唐突にレイの気配が掻き消え、ブルーは心臓が止まりそうなくらいに驚き焦った。
慌てて屋敷中を調べ上げると、一角に明らかに術の気配を感じる箇所があったのだ。
怒りに任せて屋敷ごと吹っ飛ばしそうになったところで、同じく血相を変えたターコイズからの伝言を受け取った。
あれは明らかに精霊が起こした結界であると。
冷静になって見てみれば、屋敷内には熟睡している執事の他は人の子の気配は無く、確かに誰かの罠の類とは思えなかった。
とにかく、結界のある問題の部屋ごと、ターコイズにも協力してもらってもうひとまわり大きな、最高に強固な結界で包み込み、犯人を絶対に逃がさないつもりでとにかく様子を伺った。
実際にレイの気配が途切れていたのはわずかな時間だったが、ブルーにとってみればそれは、気が狂うかと思われるほどの長い時間だったのだ。
その犯人がレイに危害を加えたかどうかなど問題では無い。
自分の目の前で、我が主をさらわれた事そのものがブルーの怒りに火をつけていたのだ。
ようやく結界の一部に亀裂が生じターコイズと共に即座に駆けつけてみれば、レイもティミーも怪我の一つも無く元気で、件の精霊と陣取り盤で遊んでいたのだと言う。
たかが陣取り盤。されど、陣取り盤。奥の深いこのゲームに魅せられた人は多い。
それらの思いまで巻き込み、彼女は精霊として姿を表していたのだ。
結局結界からの脱出を賭けた勝負を受ける事になり、無事にティミーとターコイズは勝ちを収めた。
だがブルーはそんな簡単に勝つつもりは無かった。
完膚なきまでに叩きのめしてやる。
自分が何に手を出したのか、彼女に心底思い知らせてやる。
同じくらいに怒り狂っている知識の精霊達とともに、宣言通り一方的に叩きのめしてやった。全ての駒を落とし、王を丸裸にするまで攻める手を止めなかったのだ。負けを認めて途中で投了させることすら許さずに。
レイはきっと言いたい事があっただろうが、ブルーの怒りが分かっているのか何も言わずに、後半はただ黙々と駒を動かしていた。




