ローズクオーツの駒
「ええ、これって一体どうなってるんですか〜〜!」
必死になって逃げるローズクオーツの駒を追いかけながら、焦ったようにティミーが大きな声で叫ぶ。
レイも早足で一緒になって追いかけながら、ティミーの叫ぶ声を聞いて笑いを堪えられなかった。
だって、冷静に考えたら深夜のアルジェント卿の離れのお屋敷でティミーと一緒に、逃げる陣取り盤の駒を追いかけているなんてどう考えても面白すぎる。
それにしても、これだけ大声で話しながら足音を立てて廊下を走っているのに、執事や警備の人達が誰も起きてくる気配が無いのはおかしい。これは明らかになんらかの結界が張られているのだと考えるべきだろう。
だけどブルーもターコイズも特に騒いだり心配したりしている様子はないので、恐らくだけど危険は無いと判断しているという事になる。
となると、あの駒を動かしているのが件の悪戯っ子の精霊なのだろう。
それならば、もしかしたら追いかけるのは逆効果なのでは?
そこまで考えて、レイは思わず足を止めた。
そのままティミーが走っていくのを見て、小さなため息を吐いて天井を見上げた。
「ねえブルー、あれって追いかけたら逆効果じゃない?」
『ほう、そう思うか?』
すぐそばにいたブルーのシルフが、レイの呼びかけにふわりと飛んで来て肩に座る。
「だって、あの精霊は遊んで欲しくて逃げ回ってるんでしょう? 僕は、単に陣取り盤で遊べばいいのだと思っていたけど、あれを見ると間違いなく追いかけっこして遊んでるよね?」
レイの視線の先では、光の精霊に照らされて明るくなっている広い廊下で、ぴょんぴょんとまるでからかうかのように、ティミーのすぐ目の前を飛び跳ねて逃げ回っているローズクオーツの駒が見える。
『まあ、間違ってはおらぬな。彼女は大喜びでティミーに遊んでもらっているつもりのようだよ』
「彼女、って事は、陣取り盤の精霊は女性なんだね」
小さく笑ったレイは、まだ振り回されているティミーを見て小さく笑った。
「あれって止めてあげるべき?」
『どうであろうなあ。ターコイズの主も楽しんでいるように見えるが』
完全の面白がっている口調のブルーのシルフの言葉に、レイは堪えきれずに吹き出す。
「ちょっと、レイルズ様! なに休憩してるんですか! 手伝ってくださいよ! ああもう、逃げるなって〜!」
ムキになったティミーの叫びに、レイはもう一度吹き出してからティミーに駆け寄った。
「はい、ちょっと待った」
まるで煽るみたいに、目の前を飛び跳ねるローズクオーツの駒を見る。
「ちょっと疲れたし、部屋に戻ってお茶にしようか」
駒を見ても知らん顔で笑ってそう言うと、ティミーの背中に手を当てて部屋へ戻る。
「でも、あの……」
振り返りそうになるティミーに小さく首を振って、レイは平然と部屋に戻ろうとした。
「後片付けは明日にして、お茶を飲んだらもう休もうか」
レイが知らん顔でそう言った瞬間、廊下に置いてけぼりにされたローズクオーツの駒が、ものすごい勢いで跳ね飛んで追いかけて来た。
「来た! 逃げるよ」
追いかけて来たのに気付いたレイが、笑いを堪えながら走り出す。ようやく理解したティミーもレイを追いかけて走り出した。
そのまま二人は、陣取り盤が置かれていた部屋では無く与えられたベッドのある方の部屋へ戻った。
部屋に入った直後に扉を閉めようとしたところで、追いついていたローズクオーツの駒が一際大きく飛び跳ねた。
『ちょっと待ってよ!』
『途中で止めるなんてずるい!』
『それに後片付けもしないなんて最低よ!』
『遊んだら片付けなさい!』
まさかのその言葉に、レイとティミーは揃って吹き出した。
「あはは、確かにその通りだね。散らかしたままでごめんなさい」
笑ったレイの言葉に、ローズクオーツの駒が戸惑うようにまた小さく跳ねる。
『わ、分かればいいのよ!』
『ほら、早く片付けなさいよ!』
またぴょんぴょんと飛び跳ねると、廊下に飛び出して陣取り盤が置いてあった部屋へ向かって飛び跳ねて戻って行く。それを見たレイとティミーは揃って同じ事をした。
つまり、ゆっくりと扉を閉めようとしたのだ。
『ちょっと! 何閉めようとしてるのよ!』
『片付けなさいって言ってるでしょう!』
慌てたようにそう言いながら戻ってきたローズクオーツの駒を見て、また二人が吹き出す。
「仕方がないね、それじゃあ戻ろうか」
「そうですね、叱られちゃいましたから、もっと陣取り盤で遊びたかったのにもう終わりですね」
レイの言葉に、わざとらしくティミーが残念そうなため息と共にそう言って首を振る。
『べ、別に遊びたいならもっとすればいいわ!』
『ただ散らかしたままは駄目よって言っただけよ!』
焦ったようなローズクオーツの駒の言葉に、もう二人は笑いが止まらない。
そのまま二人はローズクオーツの駒と一緒に先ほどの部屋に戻った。
机の上には、やりかけのままの陣取り盤が放置されている。
「えっと、盤上に戻ってもらえますか? 君の駒が無いと、僕が進められないんだけどなあ」
「だけど、ちょっと中座して集中力が切れちゃいましたね、仕切り直しますか?」
「うんそれでもいいよ。じゃあもうひと勝負かな」
そう言って笑いながら向かい合って元の席に座り、改めて駒を並べ始める。
『貴方は強いの?』
机の上へ飛び跳ねて戻ったローズクオーツの駒が、レイに向かってそう尋ねる。
「ううん、僕はまだまだだよ。だって、これを初めて知ってからまだ二年にならないよ」
『あらそうなの?』
『それじゃああっちの子?』
そう言って、ティミーの前へ跳ね飛んで行くローズクオーツの駒。
『貴方は強いの?』
「さあどうだろうね。でも、もっともっと今よりももっと強くなりたいと思ってるよ」
笑ったティミーが大真面目にそう答える。
『じゃあ貴方にするわ』
そう言って、盤上のレイの側の列へ戻るローズクオーツの駒。
「ええ、何をするの?」
驚いたレイとティミーの声が重なる。
『私と勝負してちょうだい!』
ローズクオーツの駒の突然の宣戦布告に、二人は揃って驚きの声を上げたのだった。




