本物の天才とは
「へえ、なかなかやるじゃないか。腕を上げたな」
「全くだな。これは面白い事になってきたぞ」
黙々と、ゲルハルト公爵相手に臆することもなく淡々と駒を進めるレイルズを見ていたルークの感心したような呟きに、同じく隣で見学していたマイリーが何やら嬉しそうにうんうんと頷いている。
「もしかして、戦略室の会に二人とも取り込むおつもりですか?」
横で自分を見ながらそう尋ねるルークの言葉に、マイリーは笑顔で大きく頷く。
「出来ればそうありたいな。ティミーは、誰が見てもわかりやすい秀才だよ。もちろん本人の努力も大きいが、特に陣取り盤に関しては天性のものを持っている。これは将来、指揮官たり得る重要な素質とも言える。客観的な視点から全体を見て戦略を立てられるのはある種の才能だからな」
「ああ、確かにそれはありますね。それじゃあレイルズは?」
「本人には言うなよ」
意味ありげにごく小さな声でそう言われたルークは、マイリーと並んで黙って見学の輪から一歩下がって軽く指を鳴らした。それだけで、ルークとマイリーの周囲に強固な結界が張られた。
「俺は、レイルズこそが本物の唯一無二の天才だと思ってるよ」
「まあ、あいつも優秀であることは否定しませんが。貴方がそこまで断定する根拠は?」
ルークの言葉に、マイリーは大勢の人に埋もれて僅かにのぞいている赤毛の先を見た。
「俺も天才だとよく言われた。自慢じゃあないが俺は子供の頃から天才だとか神童だとか言われて、十代前半には高等科の単位は全て習得済みで、特待生扱いで一時期オルダムの王立大学にも通っていた。勉強も訓練もほとんど苦労らしい苦労をした事が無い。頑張れば頑張るだけ伸びる自分が誇らしかったし、学ぶ事は面白いと思っていた」
「とんでも無く優秀だったって噂は聞いてますよ。でも、個人的に言わせて貰えば、今でもマイリーは、その神童がそのまんま大人になったって感じだけどなあ」
からかうようなルークの言葉に小さく笑ったマイリーが首を振る。
「俺は、あの隣国で捕虜になった事で一度死んでる。少なくとも俺はそう思ってるよ」
驚くルークを横目で見て、軽くため息を吐く。
「だから、自分の伴侶の竜であるアンジーに会えたんだとね」
「ええ?」
「つまり、今の人生は生き延びて得たおまけ時間のご褒美みたいなものだと思ってる。だからこそ思う。俺なんて天才なんかではなく、所詮はちょっと人より頭が早く回るだけの凡人だよ。本当の天才なら……そもそも捕虜になんてならん」
吐き捨てるようなその言葉に、ルークが眉をしかめる。
「レイルズを身近で見ていて毎回思い知らされる。本当の天才はあんなのを言うんだよ。学ぶ環境が整いさえすれば、文字通り学んだ事を最大限に身に付け、しかもそれらが全て己の次の成長の糧となっている。恵みの芽である自分が何を成しているのかすら気付かずに周囲を巻き込んで最大限の効果を発揮して、しかもそれら全てが良き方へ流れている。ようやく成人になったばかりだが人としても非常に魅力的で、あの気難しい貴族達がこぞって彼を可愛がっているだけでも、それを十分に証明しているだろうさ。これで本人は無自覚だって言うんだから、精霊王もご冗談がお好きだよ」
半ば面白がるようなその言葉に、ルークは本気で感心していた。
「へえ、貴方がそこまで徹底的に人を褒めるのって、多分初めて聞いた気がする」
「そうだな。多分俺も初めて言った気がするよ」
笑ったマイリーの言葉に、ルークも遠慮なく吹き出す。
「いやあ、貴方も丸くなりましたねえ。うん、良い事だ」
黙って鼻で笑ったマイリーは、一つ深呼吸をすると無言で頭上を指差す。
笑ったルークが軽く指を鳴らすと、何かが割れるごく小さな音がしてすぐに騒めきが戻ってきた。
「おやおや、そろそろ限界かな?」
騒がしい見学者達の様子を見て妙に嬉しそうなマイリーの言葉に、ルークも苦笑いして背伸びして盤上を覗き込んだ。
「ああ、確かにこりゃあもう勝負あったかな」
レイの眉間には深い皺が寄せられていて、口元は水鳥の嘴みたいになっている。
それでもなんとか打ち返してはいるが、既にゲルハルト公爵の一方的な囲い込みは最終段階に入っていた。
「ああ、もう駄目だ! 無理〜〜〜〜! 参りました〜〜〜!」
僧侶の駒を落とされた瞬間、顔を覆ったレイが悲鳴のような声でそう叫ぶと周りからは彼の健闘を称える声とともに大きな拍手が沸き起こった。
「まさか初めての早打ちで、ここまで頑張ってくれるとは思わなかったね。素晴らしい対戦になったよ。いやあ、本当に見事な戦いだった」
「こちらこそ、すっごく勉強になりました! ありがとうございました!」
ゲルハルト公爵までが満面の笑みで拍手をしながらそう言ってくれて、顔を上げたレイは嬉しそうにお礼を言ってその場で深々と頭を下げたのだった。
「な、言った通りだろう?」
「ご慧眼、恐れ入りました」
周りの人たちが口々にレイの背中や肩を叩いて健闘をたたえるのを見て、マイリーはにんまりと笑って、笑いながら何度も頷くルークの腕を突っついた。
そんな彼らを、少し離れたところからブルーのシルフが満足気に見つめていたのだった




