早打ちでの勝負!
「よし、これで一勝一敗!」
「うああ、参りました!」
勝負が決まった瞬間、拳を握って嬉しそうにそう言うゲルハルト公爵と顔を覆って首を振るティミー。
どうやら、今回の勝負は公爵閣下の名誉挽回となったようだ。
「お疲れさん。ほらどうぞ」
笑ったロベリオがティミーに葡萄のジュースの入ったグラスを渡す。
「ありがとうございます。はあ、緊張して喉がカラカラです」
一つ大きく深呼吸をしたティミーが、嬉しそうにそう言ってグラスを受け取って一気に飲み干す。
「どうだ? 連戦出来そうか?」
マイリーの声に、ティミーは持っていた空のグラスを机に置いた。
「はい、もちろん出来ます!」
「では、ご指名だよ」
マイリーの言葉に大きく頷き、笑顔で手招きしているディレント公爵の前にティミーが座る。
「はい、よろしくお願いします!」
「うむ、では始めるとしようか」
今回は両公爵ともに、ティミーに先手を与えずに同等の立場で対決している。これだけでも充分に彼の実力を認めているのだという事が分かる。
「ティミーはすごいね」
右肩に座ったブルーのシルフに笑顔でそう言い、レイは早速始まった対決を真剣な眼差しで見つめていた。
「へえ、あんなところから攻めるんだ。えっと待って待って、速いって!」
今回も最初のうちは両者の手を見ていたのだが、早々についていけなくなったレイは、途中からはティミーの手をひたすら見ては自分なりにどう対処するのか考え、必死になって盤上の勝負を追いかけていた。
隣では、二人の対決を嬉々として再現してるアルジェント卿とバーナルド伯爵がいて、時折ついていけなくなるとこっそり横から覗き込んで教えてもらったりもしていた。
「うう、参りました。でも、ものすごく勉強になりました」
最後はティミーの陣地が崩壊してしまい、隅に追いやられて逃げ場がなくなったところで投了となった。
両公爵に負けはしたものの、連戦で素晴らしい戦いぶりを見せたティミーに、全員から大きな拍手が贈られたのだった。
「ティミーすごい。僕もすっごく勉強になったよ」
疲れ切ってソファーに倒れるティミーの背中を叩いて、目を輝かせたレイがそう言いまた拍手が起こる。
「どれ、ではもうひと勝負お願いしようかね」
ゲルハルト公爵が自分の向かい側を指差してレイを手招きする。
「ほら、ご指名だぞ!」
ルークに腕を引っ張られて立ち上がったレイは、嬉しそうに向かい側のソファーに座る。
「では、一度早打ちをやってみようか」
「無茶言わないでください! そんなの絶対無理ですって!」
慌てたように顔の前でばつ印を作るが、あっという間に拍節器が用意されて周りに人が集まる。
「せめて10にしてください!」
「いいよ、では私は5で打つから君には10あげよう」
「うう……」
まさか通るとは思わなかった提案が通ってしまい、逆に逃げられなくなってしまった。
『ほら始めるよ』
『大丈夫大丈夫』
『教えてあげるよ』
笑ったニコスのシルフ達が目の前に現れるのを見て、レイは小さくため息を吐いた。
「うう、お手柔らかにお願いします」
改めて座り直して深々と一礼する。
「ああ、しっかり頑張ってくれたまえ。では、私は女王を落として三手進呈するよ。構わないから最初にゆっくり考えなさい」
当然のようにそう言われて頷きつつも、レイの胸の中に負けず嫌いの炎が燃え始めていた。
せめて敵わぬまでも恥ずかしくない対戦を。叶うならばひと太刀なりとも切りつけて見せようではないか。
グッと拳を握ったレイは、小さく息を吸い込んでまずは最初の駒を動かし始めた。
カチ、カチ、カチ、カチ……。
静まり返った室内に、ゆっくりと一定のリズムで拍節器が時を刻む音だけが響いている。
レイは早打ちをするのは初めての事だったが、すぐに手が止まるだろうとの周囲の予想を覆して、かなり健闘していた。しかも、今のところほぼ全ての手を5拍以内で返している。
最初は軽い気持ちで見学していた周りの目が、勝負が進むにつれて次第に真剣になっていく。
しかし周りを一切見ずにひたすら盤上だけを見つめているレイには、周囲の様子を伺うような余裕は全く無い。
時折小さく唾を飲み込み、独り言を呟きつつも黙々と即座に打ち返すその様子は、陣取り盤を知ってから三年に満たないとは思えないくらいに堂々としていて、貫禄すら感じられた。
ロベリオとルークの隙間に収まったティミーは、そんなレイの様子を尊敬の眼差しで見つめていたのだった。




