彼女を守る盾となれ
「うわあ、たくさん並ぶと確かに嬉しくなるね。これなら選ぶ楽しみもあるね」
ひとまずレイが選んだ帯飾りを集めて、順番に蓋を開けた専用の箱の中に並べてみる。
これは帯飾りのために作られた飾り箱なので、区切られたそれぞれのマス目の中には差し込む棒を押さえる専用の金具がついている。なので箱ごと壁に立てかけても帯飾りが落ちてこない仕様になっている。
「この箱の背面の、こことここに壁掛け用の金具がありますからこのまま壁の金具に取り付けてもらう事が出来ます。巫女様の部屋には、大抵これ専用のフックがあるんですよ」
クッキーの説明にレイは驚いて木箱の裏側を眺めた。
「へえ、そうなんだ。こんなのが必要だったなんて全然知らなかったや。もっと早く気がついてあげられたらよかったのに」
もう、ここへ来て二年になるのに、今まで知らなくてなんだか申し訳なくなった。当然必要な物を毎回人から借りなければならないのは、きっと情けなくて悔しかっただろう。
しかし、クッキーはそんなレイの呟きを聞いて笑って首を振った。
「気になさる事はありませんよ。ジャスミン様のようにご実家が貴族の方の場合は、当然ご実家が様々な装飾品を持たせてくれます。場合によっては神殿入りした後も、必要な装飾品を追加で届けてくれたりもします。ですが巫女様方の中には、クラウディアやニーカのように孤児となって神殿に入った者も大勢います。そのほとんどの場合は身一つで出家するわけですから、高価な装飾品などは当然手が出ません」
眉を寄せて頷くレイを見て、クッキーが苦笑いして帯飾りを示した。
「ですから、ジャスミン様が彼女達に貸してあげていたんです。神殿内部では、持っている人が持っていない人に必要な物を貸し与えるのは当然のことなんですよ。巫女達は運命共同体、つまり家族同然なんですから」
驚くレイに、クッキーはにっこりと笑った。
「もちろん、貸し借りの際にはお礼くらいは言っているでしょうが、貸す方は、自分がそれをするのが当然の責務だと考えていますから、それに際して何か貸しを作ったかのように言ったりする様な事はまずありませんね。当然借りた方は大事に使いますから、そうそう無くしたり壊したりすることもありませんよ。まあ、これは神殿内部の限られた中で共に寝起きして暮らしているからこそ出来る事なのでしょうけれどね」
クッキーの説明に納得したレイが大きく頷く。確かに巫女達は皆とても仲が良い。
「それに先ほどお伺いした、ジャスミン様がレイルズ様にその装飾品の事をわざわざ教えたというのは、恐らくですが、彼女の背後に貴方がいるのだという事をもっと堂々と言っても良いのだと判断したのだと思いますね」
これまた満面の笑みで言われてしまい、レイが絶句する。
「彼女の背後に僕が? えっと、それに何の意味が……」
無邪気に聞き返しかけて不意に黙って考え込む。
クッキーはそんなレイを見て、何か言いたげにしつつも彼が口を開くのを黙って待っていてくれた。
「えっと、この場合は僕個人じゃなくて、竜騎士としての僕って意味だよね。まあ僕はまだ見習いだけどさ」
その答えにクッキーがにっこりと笑って頷く。
「彼女の背後に僕がいるってことを知らしめて、なんの意味があるの?」
「そ、そこまで分かってて、どうして分からないんですか?」
大きなため息と共にそう言って頭を抱え込んでしまう。
「だって、僕一人だとなんにも出来ないよ」
口を尖らせるレイを見て、もう一度大きなため息を吐いたクッキーは割と真剣に考え込んでしまった。
「ううん、まさかここまで来て自分の立ち位置が分かってないとは」
「違うよ。竜騎士としての僕の立場は嫌ってくらいにわかってるつもりだけどさ。だけど僕一人だったら、今言ったみたいに何にも出来やしない。そんな僕が彼女の背後にいて何か彼女の役に立てるの?」
「ううん、これはどこから説明するべきだ?」
腕を組んで考え込んでいたクッキーは、もう一回大きなため息を吐いてからレイを見て、自分の後ろを振り返った。
「ジェネロ、悪いけど少し外してくれ」
帯飾りの並んだトレーを片付けかけていた人に向かってそう言うと、ジェネロと呼ばれたその男性は苦笑いしながら振り返って手を上げて応えた。
「了解です若旦那。では大丈夫になったらシルフを飛ばしてください」
そう言って一礼すると、もう一人の人と一緒に本当にさっさと部屋を出ていってしまった。
これで裏部屋に控えているラスティや執事を除けば、部屋の中はレイとクッキーだけになった。
「じゃあここからは、君の友人のクッキーとして遠慮なく言わせてもらうぞ」
顔を上げたクッキーの言葉に、レイが笑顔でうんうんと頷く。
「まず大事な事を質問するぞ。じゃあ、この国での竜騎士様の公式のお立場は?」
「えっと、精霊竜の伴侶、です」
「よろしい。その通り。精霊竜の伴侶である竜の主は、この国では基本的に竜騎士となられる。当然レイルズもそうだよな」
その通りなので笑顔で頷く。
「レイルズ様の伴侶の竜は、この世界唯一の古竜。当然その力は絶大なるものがあり、それこそ本気で戦えばこの国の守護竜であるルビー様よりも間違いなく強い」
「ブルーはそんな事しないよ」
慌てた様に首を振るレイを見て、クッキーがまたため息を吐く。
「だからこれはものの例えだ、本気にしないでくれ」
「あ、はい」
素直に返事をする彼を見て小さく吹き出してから、もう一度クッキーがため息を吐く。
「つまり守護竜よりも強い古竜の主。味方につければ頼もしい事この上ないと第三者は考えるわけだ。まあ、事実がどうなのかはこの場合その第三者は知る由もない」
「なんだかすっごく遠回しに馬鹿にされている気がする」
小さく笑ったレイの言葉に、クッキーが遠慮なく吹き出す。
「良いねえ。分かってきてるじゃんか。な、つまりそういう事さ。彼女に近づこうとする第三者がもしも現れた場合、その彼女の背後にいる君、つまり古竜の主を怒らせるような事は絶対にしてはならないとまず考えるだろうな。それはつまり、結果として彼女の身を守る事にもつながる。ディレント公爵閣下が彼女の後見人になってくださったのと同じだよ。な、君自身は第三者に対しては何もしなくて良い、いや、手を出しちゃ駄目だよ。ただ、今回の様に彼女達に細やかに贈り物をして親しく会い、彼女達は竜騎士である君の大切な人だと知らしめてやるのさ。つまり、君自身がそこにいるだけで彼女達を守る盾になれるんだよ。ディレント公爵閣下とはまた違った立場でね」
「クッキーすごい。よく分かりました!」
無邪気に目を輝かせるレイを見て、もう一度ため息を吐いたクッキーはポンポンとレイの腕を叩いた。
「まあこんな事を俺から聞いたって、ルーク様に報告してくれて良いぞ。何か聞かれたら俺から改めて事情を説明するからさ」
「うん、ありがとう。頼りにしてるからこれからもよろしくね!」
嬉しそうにそう言い、クッキーの腕を取ってブンブンと握手をするレイに、彼は若干疲れた様な笑いで何度も頷いていたのだった。




