心配事と今後の相談
蒼の泉に到着して、ラプトルの背から降りる。
「ご苦労さん、水でも飲んで待っていてくれ」
ベラの首元を軽く叩いて、砂地で手綱を放す。
「いいの?」と、言わんばかりにギードの顔を見るので、笑って頷いて湧き出している水源を指差すと、喜んで頭を突っ込んで水を飲み始めた。
影を感じ振り返ると、蒼竜が自分を見つめていた。
「お休みのところ申し訳ない。気になる事が幾つかございましてな。報告を兼ねて相談に参りました」
「……聞こう。我からも伝えたい事がある」
無意識に髭を撫でながら、今日見聞きした事を順番に話していく。三人の不審な人物が森に入ろうとした件は、蒼竜はすでに知っていた。
それどころか、叩きのめして追い出したと聞かされ、思わず吹き出してしまった。
その後、逆に大きな成果を知らされた。
あの母のペンダントから抜け出し、さ迷っていた光の精霊達を保護したらしい。
「朝方、また妙に精霊共が騒ぐので気になってな、出てみると、途方に暮れて弱っておったので保護したまでだ」
素知らぬ顔をしているが、尻尾はパタパタと左右に揺れているのが可笑しくて少し笑った。
「それは、レイ殿も喜びましょう」
ようやく聞けた明るい話に少しホッとする。
「それで、あのペンダントはいかがいたしましょう。どう考えても、あのまま彼に持たせるのは危険です」
目下の一番の問題点は、あのペンダントの取り扱いだった。
「確かに……話を聞く限り、襲撃者達の真の狙いは、彼の母本人か、あのペンダント、或いはその両方で間違いはあるまい」
考えながらゆっくりと話す蒼竜の声は静かな泉に反響してこだまを残してし消えて行く。
「姿を変えろと言うが、お主の技でペンダントを作り直すのではいかんのか?」
簡単に言われて絶句した。
「ご冗談を召されるな。あれ程の品を作り直すなど、とんでもごさいませぬ。作られたご本人ならばともかく、私ごときが手を出してよい品ではごさいませぬ」
慌てて首を振り否定すると、蒼竜はさほど気にした風もなく引き下がった。
「ならば、やはり呪をかけて形を変えるか。……それならレイの意識が戻り、元気になってからここへ連れてきてくれれば良い。その時に、彼らにやってもらおう」
蒼竜の後ろでは、見たことの無い明るい光の玉がクルクルと飛び回っていた。
「なるほど、それは良い考えですな。それならば安心です」
何度か頷いた後、ここへ来る途中に考えていた事も伝えておく事にした。
「ところで、レイ殿の事ですが、これから先どうなさるおつもりですか?」
「どう言う意味だ?」
本当に意味が分かっていないらしく、首を傾げてこっちを見ている。
「森の中で、これからも我らと共に暮らすのならば、我らには彼に知識を与え体を鍛え、身も心も健康に育てなければなりませぬからな。何を教え、何を教えぬべきなのか、我らだけでは経験できぬことも多くございます。考えておかねばなりませぬぞ」
「彼が……世間知らずになると?」
「そうです。我らは皆、元は外の世界で生き、まあ……色々あって、人の中で生きる事をやめて森で暮らす事を選んだ者達です。今となっては、外との付き合いは行商人や素材屋との取引程度。あの二人に至っては、年に一度か二度ほどしか街へ出ることもしませぬが、それでも、ある程度は外の世界を見知っております。彼が一度も外の世界を知らぬまま、我らのようになってもよろしいのですか?」
蒼竜は困ったように目をつぶって、頭を振った。
「今の我にはその問いに答えることはできぬ。それは、いずれ彼が自分自身で考え選ぶだろう。我らに出来ることは……彼に、まずは知識を出来る限り与え、考える力を身につけさせることだろう。その上で、それでも外に出たいと彼が望むなら……その時はまた、皆で考えよう。我も、レイに知識を与える手伝いは出来るだろう」
簡単に出る答えでは無いことは承知している。今は問題を意識してくれただけで良しとすべきだろう。
「詮無い事を申しました。今は、御心に留めてくださるだけで構いませぬ」
ラプトルの手綱を取り背にまたがると、蒼竜に別れを告げて、家へ急いだ。