贈り物の意味と様々な思惑
「ええ、僕はサマンサ様に言付かってきたから持ってきただけなのに、僕、何かまた間違った?」
困ったように眉を寄せるレイの言葉に、レイ以外の全員が揃ってため息を吐く。
「あのねレイルズ」
苦笑いしたタドラに呼ばれて、レイは慌てて横を向いてタドラを見て居住まいを正す。
「そりゃあ僕達竜騎士隊に取っては、皇族のお方は近しい存在だよ。竜騎士隊の隊長はアルス皇子だし、今の皇族の方々は皆とても気さくなお方々だから、気軽にお茶会に誘ってくださったりもするよね」
その通りなので、レイは笑顔で頷く。
「だけど、クラウディアみたいな市井の人々、つまり貴族や皇族とは縁の無い、一般の街の人々にとっては皇族のお方はどんな存在だと思う?」
改めて尋ねられて首を傾げる。
「ええと皇王様はこの国を収めているお方で、マティルダ様はその奥方……あ! 花祭りの時には、沿道に立って陛下とマティルダ様が乗った馬車に花びらを撒いていたよ」
花祭りの会場へ行く時に見た光景を思い出して目を輝かせる。
「もちろんそれもあるね。だけど、いいかい。市井の人々にとっては皇族はとても自分達からは遠い存在だ。すごく高い身分のお方で、自分達とは住む世界が違う。そんなふうに考えている。そんなお方から、いきなり名指しで自分に贈り物が届いたらどう思うか考えてごらん? それこそ、突然の天からの贈り物だって思うんじゃあないかな」
「えっと……」
戸惑いつつも、街で垣間見た人々を思い出して頷く。
確かに、王宮の煌びやかな暮らしと、街の人々の暮らしは全く違うものだ。
そんな方からの突然の贈り物。確かに、はいありがとうと言って気軽に受け取れるものでは無いかもしれない。
「ええ、でもせっかく作ってくださったのに。じゃあどうすれば良いんですか?」
苦笑いしたタドラは、クラウディアの肩を叩いて机に並んだ小袋を見る。
「ちょっと待ってね。そもそもこれって公にして良いのかなあ」
腕を組んだタドラが困ったようにそう呟いて考え込んでしまう。
何となく気まずい沈黙が部屋を支配する。
「シルフ、アルス皇子殿下は今何をしていらっしゃる? お呼びしても大丈夫か?」
顔を上げたタドラの呼びかけに、何人ものシルフが目の前に現れて並んで座る。
しばらくして、先頭のシルフが口を開いた。
『アルスだ何事だい?』
「殿下、お忙しいところを申し訳ございません。タドラです。レイルズとジャスミン、ニーカとクラウディアもおります。実は今、女神の神殿の分所にいるんですが、レイルズが奥殿のサマンサ様からちょっととんでもないものを気軽に預かってきてしまったようなので、このまま渡して良いかどうか確認させていただきたくて連絡致しました」
真顔のタドラの言葉に、アルス皇子のシルフは少し考えるふりをする。
『もしかしておばあさまのお作りになっていたお守りの件かな?』
「はいそうです、レイルズとティミーもいただいたそうです」
その言葉にアルス皇子のシルフが納得したように笑って頷く。
『その件ならついさっきラスティからも連絡をもらったよ』
『一応こちらからもおばあさまにも念の為確認したんだけどね』
『あくまでも個人的な贈り物なのであまり言いふらさないで欲しいそうだよ』
『でもまあ誰から貰ったお守りなのかは大僧正には報告しておくべきだね』
『それ以外なら女神の神殿の上層部あたりかな』
ニンマリと笑うアルス皇子のシルフの言葉に、タドラが遠慮なく吹き出す。
「やっぱりそうなりますよね。了解しました。ではこちらで手配しておきます」
『悪いね』
『よろしくお願いするよ』
「ではレイルズに代わって、皇太后様に、ご配慮感謝しますとお伝えください」
するとアルス皇子のシルフまでもが笑って何度も頷き手を叩いている。
『タドラも言うようになったなあ』
『じゃあそちらの手配は任せるから頼りにしてるよ』
「お任せください!」
にっこり笑って敬礼するタドラを見て、アルス皇子のシルフも笑顔で敬礼してからくるりと回って次々に消えていった。
「成る程、そう来たか。いやあ有り難いねえ」
また腕を組んだタドラが、うんうんと頷きながら嬉しそうにそう呟く。
「待ってください、タドラ。一人で納得しないで! 僕にも分るように説明してください!」
困ったようなレイの叫ぶ声にジャスミンが小さく吹き出す。
「もう、本当にレイルズはこういう事には壊滅的に疎いのね」
「ええ、ジャスミンは今の話で分かったの?」
「そりゃあ当然でしょう。もうこれ以上無いくらいによく分かったわ。ね、ニーカ、ディアも」
ジャスミンの呼びかけに、ニーカはこれ以上無いくらいの満面の笑みで頷き、クラウディアも真っ赤になりつつも胸元で手を握りしめてコクコクと頷いている。
「ええ、また僕だけ分からない……」
困ったようにそう呟き、小袋の横に立つブルーのシルフを見つめる。
「ブルーにも分かってるよね?」
すると、ブルーのシルフはおかしくてたまらないと言わんばかりに口元を押さえて笑った。
『そうだな、さすがに人の付き合いに疎い我でも今のは分かったな』
「ええ、どういう事?」
口を尖らせて考え込んだレイは、机の上の小袋を見つめた。
「えっと、サマンサ様が、渡してくださいって言ってこれを僕に預けてくださった。僕はそれを持ってここへ来た。そうしたらタドラに僕が悪いって言われて、レイルズだもんね、ってニーカとジャスミンに言われた」
指を折って時系列ごとに確認するレイを、皆困ったように苦笑いしながら見ている。
「それでディーディーに、私の心臓を止めるつもりですかって叱られた」
その呟きに、レイ以外の全員が揃って呆れたようなため息を吐く。
「じゃあ、なぜそう言われたと思う?」
笑ったタドラにそう聞かれてまた考える。
「えっと、それは僕がサマンサ様の贈り物を持って来たからですよね」
「そこでさっきの市井の人達の話になる」
またしばらく沈黙したレイは、目を見開いてタドラを見る。
「じゃあ、僕はもっと恭しく捧げ持って届ければ良かった?」
「まあ、そこまでしろとは言わないけれど、これはそれぐらいの値打ちがあるんだ。まず、そこは分かったみたいだね」
頷くレイを見て、タドラも安堵したように笑って頷く。
「じゃあ一つヒントだ。これは、サマンサ様が彼女に直接贈ったって事自体に意味があるんだ」
そこまで言われて、レイが大きく頷く。
「つまり、その……僕と彼女の事をサマンサ様が応援してくださってるって意味? ああ! あの、以前ティア妃殿下が、舞台で彼女と共演してくださったみたいに!」
レイの言葉に、ジャスミンとニーカが揃って満面の笑みで拍手をする。その横で、クラウディアはもうこれ以上ないくらいに真っ赤になっている。
「お見事、レイルズ君、まあそれで正解かな」
机の上に並んで、こちらも揃って拍手をするブルーのシルフとそれぞれの竜の使いのシルフ達を見て、タドラも笑いを堪えながら何度も頷き、小さく拍手をしたのだった。




