彼女達へのお届け物
「ああ、待っててくれたんだね。タドラも!」
通された部屋にクラウディアとニーカとジャスミンの三人だけでなく、タドラまで一緒にいるのを見て、レイは驚いてタドラを見た。
「朝からこっちに打ち合わせに来てたんだよ。それで、僕はもう帰る予定だったんだけどさ。レイルズがわざわざ連絡してまで来るって聞いたから、何かと思ってね。ちょっとした好奇心。お邪魔だったら失礼するけど?」
「そうだったんですね。お仕事ご苦労様です。もちろんいてくださって構わないです。よかったら一緒に見てください」
笑顔でそう言い、勧められたソファーに座る。
「えっと、先に渡してしまいますので、申し訳ありませんがお茶はもう少し後でお願い出来ますか」
部屋の入り口横に置いてあったワゴンの横で、お茶の用意を始めていた僧侶を見てレイが慌ててそうお願いする。
「そうなのですね。かしこまりました」
軽く一礼した僧侶は、一旦ワゴンを押して部屋を出て行った。
このまま置いておくとお湯が冷めてしまうからだ。
「ああ、言っておけばよかったね。申し訳ない事しちゃった」
部屋を出て行く僧侶の後ろ姿を見て、レイが申し訳なさそうにそう呟く。
「ねえ、それで今日のレイルズは一体何の御用なの? 渡すって何を?」
向いに座ったニーカが、不思議そうに首を傾げながらそう尋ねる。
「うん。あのね、今日は奥殿で、サマンサ様やマティルダ様と一緒に刺繍をしてたんだ」
「刺繍?」
驚いた少女達三人の声が綺麗に重なる。
「えっとね、僕、お城の手工芸の倶楽部の一つの、刺繍の花束倶楽部ってところに入会したんだ。それでこの前からクロスステッチをやってるんだよ」
「クロスステッチですって!」
今度も三人の驚く声が綺麗に揃う。
横でタドラが遠慮なく吹き出す音が聞こえてレイもつられて笑い出した。
「ええ、そんなに驚かれたら僕、傷ついちゃうなあ」
困ったようにそう言って泣く振りをする。
「ああ、ごめんなさい、他意は無いのよ。単に驚いただけ」
慌てたようにジャスミンがそう言い、ニーカも驚きつつ、横でうんうんと頷いている。
「でも、確かにレイは花嫁さんの肩掛けの刺繍もとても綺麗に刺していたものね。手先も器用だし意外に向いているのかも。それにクロスステッチは、きっちり図案通りに場所さえ間違わずに刺せば、初心者の方でも綺麗に出来る刺繍だものね」
「確かにそうね。へえ、どんな柄を刺しているの?」
興味津々のニーカの言葉に、レイはこっそり持って来ていた作りかけのクロスステッチを取り出して見せた。
「ええ、すごい! とっても綺麗に刺せているじゃない。うわあ、レイルズったら私よりも上手なのじゃなくて?」
感心したようなニーカの呟きに、横でタドラが遠慮なく笑っていた。
「そんなはずないよ。以前もらったあのハンカチーフの刺繍なんてすっごく細かかったじゃないか。あんなの僕絶対に無理だって」
顔の前で必死に手を振るレイを見て、ニーカも苦笑いしていた。
「それで、これを見せに来てくれたの?」
裏側の糸の始末まで綺麗にされているのを見て少女達は感心しきりだったのだが、しばらくしてニーカがまた不思議そうにそう尋ねる。
「違うよ、これはついで。本当の御用はこっちだよ」
そう言って、膝の上に置いていた袋を開ける。
「ええと、これがジャスミンで、これがニーカ、それでこれがクラウディアの分だよ」
そう言って小さな小袋をそれぞれの前に間違えないように置く。
「あら、綺麗な小袋ね。これもレイルズが作ったの?」
何となく会話は代表してニーカが話すことになっているみたいで、二人が黙ったままなのを見てまたニーカが口を開く。
「これは僕が作ったんじゃなくて、今日奥殿へ行った時にサマンサ様から言付かってきたんだよ。サマンサ様が作ってくださったんだ。三人に渡してくださいって」
「ええ、こ、これを皇太后様が?」
呆然としたクラウディアの叫びに、ジャスミンとニーカも目を見開いて目の前に置かれた巾着を見る。
「えっと、僕とティミーも頂いたんだよ。鞄につける厄除けのお守り。もうすっごく細かい刺繍がしてあってすごく綺麗だったんだ。さすがだよね。えっと、それでサマンサ様はこれもお守りだって言ってたよ」
何でもない事のように気軽に渡されたそれを、三人は戸惑うように見つめたまま固まっている。
まさかの皇太后様手ずからお作りになった品を、わざわざ名指しして贈って下さったのだと言う。
「お……恐れ多い……」
クラウディアが慌てたようにソファーから立ち上がってその場に跪き、両手を握り額に当てて深々と頭を下げる。
ニーカとジャスミンもほぼ同時に立ち上がって同じように跪いてクラウディアに倣った。
「えっと……」
突然跪いたまま動かなくなってしまった彼女達を見て、レイが戸惑うようにタドラを振り返る。
レイの言わんとしている事が分かっているタドラが、そっと立ち上がって少女達の背中を軽く叩いた。
「ほら立って。いいから座って」
ギクシャクと生まれたばかりの仔牛みたいに立ち上がった三人が、タドラに促されて素直にソファーに並んで座る。
それを見て苦笑いしたタドラは、大きなため息を吐いてレイを振り返った。
「レイルズ、いくら何でも今のは君が悪いと思うな」
「ええ、僕、また何かしましたか?」
その無邪気とも取れる言葉に三人が脱力したみたいに揃って大きなため息を吐く。
「まあ、レイルズだもんねえ」
「そうね、レイルズだものねえ」
ニーカとジャスミンが顔を見合わせてそう言い、同時に吹き出す。
クラウディアは、もう一度大きなため息を吐いた後にレイに向き直った。
「レイルズ!」
「はい!」
突然大声で名前を呼ばれて、レイが慌てて居住まいを正す。
「もう、本当に私達の心臓を止めるつもりなの。そんな、そんな大切な品を簡単に扱わないでちょうだい!」
揃ってコクコクと頷く二人を見て、レイは呆気に取られてそんな三人を見つめていた。
机の上では、ニコスのシルフ達が呆れたようにレイを見上げて苦笑いしている。
『もう大丈夫かと思っていたけど』
『主様はまだまだ身分の実感が無いんだねえ』
『もうちょっとこの辺りはしっかりと教えてあげるべきだね』
『でも今回の一件できっと理解したと思うね』
『だと良いがなあ。まあ我らはとりあえず黙って経過を見守ろうぞ』
同じく苦笑いするブルーのシルフの言葉に、ニコスのシルフ達は揃って頷いていたのだった。




