最初のお届けもの
「おかえりなさいませ。どうやらお一人で行かれましたが楽しんで来られたようですね」
出迎えてくれたラスティに笑顔で頷き、送ってくれた執事にお礼を言って一緒に兵舎の部屋に一旦戻る。
裁縫箱は、もう先に届けられていて部屋の定位置に決めた棚に置かれている。
「えっと、ティミーは部屋にいますか? それとジャスミンはどうしてますか?」
預かって来たお届けものは、早く届けてあげるべきだろう。
裁縫箱を開けて預かっていた小袋を取り出す。
「おや、それはどうなさったのですか?」
見慣れない袋に目敏く気づいたラスティが驚いたようにレイの手元を覗き込む。
「えっと、サマンサ様からお預かりして来たんです。これは僕の分で、これがティミー、それでこれがジャスミンの分で、こっちはクラウディアとニーカにって言って下さったんだ。今からでも届けたほうが良いよね?」
まだ夕食には早い時間だから、ラスティはこのままレイには休憩室へ行ってもらうつもりだったのだ。
だがそれを聞いて慌てたように頷いた。
「それはすぐにでもお届けするべきですね。ティミー様はお部屋にいらっしゃいます、ジャスミン様は神殿へタドラ様とともに行かれていますから、巫女様達の予定もすぐに確認しておきます」
真顔になったラスティを見て、レイも思わず真顔になる。
気軽に預かって来たが、どうやら大変なお役目だったみたいだ。
「えっと、何が入ってるのかな?」
届ける前にまずは自分の分だと言われた青い小袋を開けてみる。
「うわあ、すごい!」
取り出したそれは、剣の房飾りのように下の部分はごく短い房になっているのだが、その上の部分に2セルテ角の四角い立方体がついている。その前面にわたってごく細かいクロスステッチで繊細な模様が描かれていたのだ。
「うわあ、この糸の細さと目の細かさ。これ、サマンサ様がお作りになったって仰ってたよね。凄いや」
自分で刺してみたからこそ分かる凄さだ。これは素晴らしい。
「おお、これは素晴らしいですね。レイルズ様。これもお守りですが、これは普段お持ちになる鞄や道具入れなどにつけておくものですね。訓練所へ持って行かれる鞄につけるのが良いかと思いますが、どういたしましょう?」
「えっと、身に付けるんじゃなくて鞄につけるの?」
レイはてっきり剣の房飾りのように日常的に身につけるものだと思っていたのだけれど、どうやらラスティの説明だと違うみたいだ。
「そうですね。これは日常的に身を守るというよりは、出掛けた時などの道行きの厄除けと言った意味合いになりますので、鞄や馬具に付ける方が多いですね。ですが馬具に付けるには少々繊細に過ぎますので、いつもお持ちになっている鞄に付けるのがよろしいかと思われます」
納得したレイは、目を輝かせていつも訓練所へ持っていくときに使っている、ルークからもらったあの鞄を振り返った。
「えっと、持ち手に付ければ良いのかな?」
「そうですね。ではお付けしておきます」
「お願いします」
笑顔でラスティにお守りを渡したレイは、まずはティミーの分だと言われた小袋を手に取った。
「えっと、じゃあまずはティミーに届けてきます」
笑顔でそう言うと、手早く外した剣を剣帯に取り付けてからティミーの部屋に向かった。
「ティミー、いますか?」
先にティミーの担当従卒のグラナートの部屋をノックする。
「はい、いらっしゃいますのでどうぞ」
すぐに出て来てくれたグラナートが、ティミーの部屋をノックして開けてくれる。
「あれ、レイルズ様。もう奥殿からお帰りになってたんですね」
勉強していたティミーがノートを書く手を止めて部屋に入ってきたレイを振り返る。
「うん、勉強しているのにごめんね。えっと、すぐにお暇するからお茶はいいです」
お茶の用意をしようとするグラナートを見て慌てて止めたレイは、ティミーのところへ行って預かってきた小袋を差し出した。
ターコイズのような綺麗な水色の布で作られた小袋を見て、受け取りつつも不思議そうにしている。
「綺麗な袋ですね。ええと、レイルズ様が作られたんですか?」
もしかしたら奥殿で作って来たものを見せに来てくれたのかもしれない。そう思って両手で受け取ったそれを見ながら不思議そうにそう尋ねる。
「違うよ、これはサマンサ様からティミーへのお届けものだよ。僕も頂いたんだけど、ティミーにも届けてって言われてこれを預かって来たんだよ」
「こ、これをサマンサ様が僕に?」
驚きに目を見開くティミーにレイが大きく頷く。
「い、頂きます」
両手で持ったそれを捧げるように軽く上げて頭を下げたティミーは、一つ深呼吸をしてからそっと小袋を開けた。レイがもらったのと同じ形のお守りを見てティミーがこれ以上ない笑顔になる。
「うわあ、これは素晴らしい。グラナート、これは僕の鞄に付けてもらえますか」
目を輝かせるティミーの言葉にレイが驚いて彼を見る。
「やっぱりティミーには分かるんだ」
「え? 何がですか?」
「これ、鞄に付けるお守りだってすぐに気がついたね」
何となくレイの言いたい事が分かったティミーが笑顔で頷く。
「僕はもっと簡単なものですが、同じ形の物を大学に通う事になった時に母上から頂きました。その時に教えてもらったんです。これはどこかへ出掛ける時に身に付けておく、道行きの厄災除けなのだと」
「そうなんだね。あれ、じゃあお母上のは?」
ティミーの鞄についていた覚えが無くてそう尋ねると、ティミーは寂しそうに首を振った。
「僕がレイルズ様と出会う少し前に、通学中に気付かずにどこかで落としてしまったんです。大学にも落とし物で届けたし、途中の道も頑張って探したんですけど結局見つからなかったんです。その時は母上はすっごく怒ってしばらく僕と口を利いてくれませんでした」
母上と上手くいっていなかった頃なのだとすぐに分かって、頷くに留める。
「もうすっかり忘れていたんですけど、今度は無くさないようにしますね」
照れたように笑うティミーに、レイは必死になって頷いていたのだった。
「でも、お守りが無くなるのは厄災を退けてくれた時なんだから、落ちた厄災を拾っちゃ駄目だよ。僕は最初にそう聞いたよ。もしも見つけても、手元には置かずに神殿へ届けて焼いてもらえって」
驚いた顔のティミーに、もう一度大きく頷いて見せる。
「分かりました。もしも次に無くすようなことがあればそうします」
揃って真剣に頷き合うレイとティミーを、半ば呆れたように笑いながらブルーのシルフとターコイズのシルフは並んで燭台に座ってずっと見つめていたのだった。




