心配と素敵な思い付き
「そっか、今日は姿が見えないと思ったら、こんな気持ちの良い風の来る涼しいところでお昼寝していたんだね」
今日は珍しく一度も猫達の姿を見なかったので、もしかして具合が悪いのかと心配になって尋ねると、マティルダ様は笑って先ほど刺繍をしていた隣の部屋へ案内してくれた。
そこにはちょうど日陰になっている全開になった窓辺に不思議な色のクッションが並べられていて、三匹の猫達がそのクッションの上で仲良く並んでお昼寝の真っ最中だった。
その猫達が寝ているクッションは、どうやらビーズが一面に縫い付けられたもののようで、妙に硬質な輝きを放っていた。
「最近のお気に入りの場所なのよ。あのクッションは小指の爪くらいの大きさの金属製の平たいビーズが表面に縫い付けてあるから涼しいらしくてね。一つ用意してもらったら取り合いっこになって喧嘩ばかりするから慌ててお願いして追加で作ってもらったのよ。お城のドワーフ達の力作だから気に入ってくれてよかったわ」
苦笑いしながらそう言って、マティルダ様が猫のレイを撫でる。
ゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らした猫のレイは、そのまま寝返りを打って気持ちよさそうに手足を伸ばして仰向けになってしまった。だけど起きる様子は全く無い。
完全にお腹を上にした無防備な姿のままで熟睡するその様子を見て、レイは堪えきれずに吹き出した。
「君も猫なんだからさあ、一応警戒心って言葉くらいは知っておいたほうが良いと思うんだけどなあ」
呆れたように笑いつつ、レイも手を伸ばしてその無防備なお腹や胸元を撫でさせてもらった。
「うわあ、背中側の毛よりももっとふかふかですね」
嬉しそうなレイの小さな声に、マティルダ様も熟睡する猫達を起こさないように声を殺して笑っていた。
喉の音がまた一段と大きくなるのを見て、マティルダ様と顔を見合わせてまた小さく吹き出して笑い合った。
その隣では、同じように仰向けになって熟睡しているフリージアをティア妃殿下がご機嫌で撫でていたのだった。
熟睡していて動かなかった猫のレイにも挨拶をしてから、マティルダ様とティア妃殿下に見送られて奥殿を辞したレイは、執事の案内で本部への廊下を歩きながら小さなため息を吐いて後ろを振り返った。
「サマンサ様、大丈夫かなあ、最後は本当にお加減悪そうだったもの……」
心配そうなそのごく小さな呟きが聞こえたのか、レイの頭の上に座っていたブルーのシルフがふわりと飛んで彼の目の前で留まる。
『膝と腰の痛み。それから胸が少々息苦しいようだったが、特にどこかが悪いというわけではないようだな。そうであれば逆に我にも大した手出しは出来ぬ』
申し訳なさそうなブルーのシルフの言葉にレイは思わず足を止める。
「えっと、じゃあどうしてサマンサ様はあんなにお加減が悪そうだったの?」
急に立ち止まって虚空に向かって話を始めたレイを見て、執事は即座に立ち止まる。
普通なら大丈夫かと慌てるところだが、相手は最強の古竜の主である竜騎士見習いだ。誰と話をしているかなど考えるまでも無かった。
ちょうどここはお城から渡り廊下に出たところだったので、もう周りには誰もいない。
当然ブルーは、ここへ来るまで待ってからレイに話しかけている。心得た執事が一礼して少し下がるのを見て、ふわりと差し出された手の上に乗る。
『レイ。それが老いる、という事なのだよ。今まで出来ていた事が次第に出来なくなる。普通なら目もよく見えなくなるが、彼女はまだまだそれは大丈夫のようだったな。老いた体は、本人も言っていたように食欲も当然落ちる、そうなれば今までのように力を蓄えられなくなり、当然体も痩せてゆく。今年の夏も暑さが厳しかったから少々堪えたようだったな。だがそれはとても幸せな事なのだよ。精霊王より与えられた命を生き切った証でもあるのだからな」
「でも僕、まだサマンサ様とお別れしたくないよ」
頷きつつも涙目で、一応辺りを憚ってそこだけは小声になるレイの頬に、ふわりと飛んだブルーのシルフはそっとキスを贈る。
『大丈夫だよ。そこまでの心配はいらぬ。今すぐにどうこうという程の衰弱ぶりではない。我の癒しの術をしっかりとかけておいたから、少なくとも今夜はぐっすりと眠れるだろう』
優しいその言葉に小さく頷き、そっとキスを返す。
「ありがとうブルー。分かってるよ。それが人の営みなんでしょう。だけど……それでもあの軽さを思い出したら不安になるよ」
『それならば、其方も何かお守りを作って届けてやるのはどうだ? 彼女もくれたのだから返して良いと思うがな』
笑顔で告げられたその言葉に、レイが無言になる。
「そ、それは良いね。えっと、どんなふうにすれば良いと思う?」
魔除けとかお守りと言われても、自分で作った事は無いので、どうしたら良いかなんて全く分からない。
『ならば刺繍で魔除けの文様を刺して小袋にしてやりなさい、そこにラピスラズリとルビーを入れて届けてやると良い。我からも少々だが守りをかけてやろう』
竜が自らの主にかける守護の術とは違い、何らかの物に付与するそれらの守りはせいぜいが気休め程度だ。だがそれでレイの気が済むのなら、ブルーはそれくらいの事であればいくらでもする気になっていた。
「それは良いね。でも魔除けの紋様なんて僕知らないよ」
『私達が知ってま〜す』
『図案を描いてあげるよ』
『だからそれを青一色で刺すといいよ』
現れて得意げに胸を張るニコスのシルフ達を見て、レイは嬉しそうに笑って頷いた。
「分かった、じゃあ頑張って刺すから教えてくれる?」
『もちろんもちろん』
『刺し方も教えてあげるからね』
『頑張れ主様』
「じゃあよろしくね。ああそうだ。上手く出来たら蒼の森の皆にも届けてあげようっと」
いつも貰ってばかりで、自分の贈り物は買った物ばかりだったので、自分で作ったものを誰かにあげるのだというその考えはとても素敵な事に思えた。
すっかり元気になったレイを見て、ブルーのシルフだけでなくニコスのシルフ達も揃って満足気に頷いていたのだった。




