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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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刺繍とお喋り

「まあまあ、まるで熟練の刺繍職人のようね」

 サマンサ様に教えられて、ごく細い絹糸を使った刺繍をせっせとしているレイの様子を見て、サマンサ様は時折手を止めては嬉しそうにそう言って手を叩いて喜んでいた。

「ええ、全然そんな事無いですよ。もう糸を切らないように必死なんですから、からかわないでください」

 困ったようにそう言って、刺繍の手を止めて眉を寄せるレイを見て、サマンサ様だけでなく、マティルダ様やティア妃殿下もコロコロと笑っていた。

「しかもこれ、糸が細すぎていくら刺しても面が全然埋まりません。花びらを一枚刺すのに何時間かかるんですか、これは」

 情けなさそうなため息を吐いてそう言い、今刺している大きな大輪の花の花びらを見る。

 レイの親指の爪くらいの大きさのその花びらは、先ほどから延々と刺し続けてようやく三分の一くらいが埋まったところだ。細い糸で線を描くように糸を上下に渡していくのだが、手間がかかった分綺麗に整えて刺すと確かに少し離れたところから見るととても美しい光を放っているように見える。

「こんな細い糸でも面になるとこんなに綺麗になるんだね。すごいや」

 感心したように既に刺し終わっている横の花びらをそっと撫でた。これはサマンサ様が刺した部分なのだそうだ。

 小さく深呼吸をしてから、また新しい糸を通してから続きを刺し始めたのだった。



「それで、刺繍の花束倶楽部はどうだったの?」

 ようやくレイにも少し余裕が出て来たのを見て、サマンサ様がまるで少女のように目を輝かせてそう尋ねる。

「とても楽しかったです。えっと、竜騎士隊の本部で僕の制服を作ってくれている方が刺繍の花束倶楽部に所属していたみたいで、部屋で会ってお互いびっくりしたんです。それで後半は彼が横に座って教えてくれて、さっきお見せしたクロスステッチを頑張って刺していたんです」

「まあ、その方は男の方なのね。確かに、刺繍の花束倶楽部には男性の方も何人も入会しているって聞いたわ」

 感心したようなその声に、レイも笑顔で頷く。

「僕、ここへ来てからものすごく背が伸びたので、彼には本当にお世話になってるんです。小さかった最初の頃なんて、数回袖を通しただけで着られなくなった制服が何着もあると思います」

「確かにそうねえ。貴方はここへ来てから本当に大きくなったもの。倍くらいになったのではなくて?」

 サマンサ様が笑いを堪えながらそう言ってレイのふわふわな赤毛を撫でる。

 さすがに倍は無いと思って口を開きかけて、ニコスのシルフ達が苦笑いしているのに気がつく。

 これはいつもの、自分が苦手な比喩的表現だろう。倍くらいに大きくなった、つまりそう言いたくなるくらいにとても大きくなったわね、と、言ってくれているのだろう。

「ええっと、さすがにそこまででは無いと思いますけど、確かにそう言われても仕方がないくらいには大きくなってる自覚はありますね」

 照れたように笑うレイを見て、ティア妃殿下が不思議そうに隣に座っているマティルダ様に小声で尋ねる。

「ええ、レイルズはそんなに小さかったんですか?」

 刺繍の手を止めたマティルダ様は、堪えきれないように笑ってレイを見た。

「そうねえ、あの子が初めてここへ来た時の事、聞いた?」

「はい、殿下から伺いました。蒼の森に住んでいた時に竜熱症を発症して、ラピスが彼をここへ運んで来たんだって聞きましたわ」

「そう、本当に大騒ぎだったのよ。それで、その時の彼はタドラよりも背が低かったからねえ。今のティミーよりも少し大きいくらいだったと思うわ」

 そう言って、笑って肩を竦める。

「ええ、タドラよりも低かったんですか?」

 その声に、マティルダ様だけでなく、サマンサ様とレイまで一緒になって吹き出した。

「あはは、はい、そうなんです。僕、ブルーと出会う前の自由開拓民の村に住んでいた頃は、それこそ今のティミーよりも小さかったと思いますね」

 目を見開いたティア妃殿下は、まじまじとレイを見つめて、少し考えてから口を開いた。

「何を食べたらそんなに大きくなるのかしら?」

 本当に不思議でたまらないと言わんばかりの呟きに、もう一度全員揃って小さく吹き出してしまい、部屋は暖かな笑いに包まれたのだった。

「亡くなった僕の父さ……あ、じゃなくて、父上がとても大きな方だったそうです。背が小さくて細かった僕を母上が何度もそう言って慰めてくださいました」

「ではお母上のおっしゃった通りになったのね。でも、どちらかと言うとちょっと育ちすぎたのではなくて?」

 これまた呆れたようにしみじみとそう言われてしまい、もう笑いが止まらないレイだった。



 刺繍の花束の横では、ニコスのシルフ達と並んで座っていたブルーのシルフも、一緒になって楽しそうに笑いつつもうんうんと頷いていたのだった。

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