入会報告
「それではおやすみなさい。明日も蒼竜様の守りがありますように」
「おやすみなさい、ラスティにもブルーの守りがありますように」
事務所から戻って少し休んでから湯を使って寝巻きに着替えたレイは、疲れていたこともあって早々にベッドに潜り込んだ。
お休みの挨拶をして、明かりを消して部屋を出ていくラスティを見送ってから、レイはベッドに寝転がって天井を見上げて大きなため息を吐いた。
「はあ、ちょっと疲れた。でも楽しかったや」
『お疲れさん、確かに楽しそうだったな』
枕元に来てくれたブルーのシルフの声に嬉しそうに笑って頷く。
「ねえ、タキス達ってもう寝たかな?」
今日の事を報告したくて、手をついてゆっくりと起き上がりながらそう言ってブルーのシルフを見る。
『居間で話をしているなあ。飲む準備をしているところのようだ。呼んでやろうか?』
笑った優しい声に笑顔で頷き、毛布の上にシルフ達が現れて並ぶのを目を輝かせて見つめていた。
「こんばんは。皆いますか?」
笑ってシルフに話しかける。
『レイ元気でやっていますか?』
いつもの優しいタキスの声に、笑顔で頷き横に置いてあった枕を抱える。
『レイ怪我の具合はどうじゃ?』
『レイ具合はどうだ?』
ギードとニコスの声が聞こえて笑って手を振る。
「うん、まだちょっと痛いけど、もう骨はくっついてるってガンディが言ってたよ。そろそろ事務仕事なんかは日常業務に戻るんだって。今朝は初めて朝練にも参加したよ。ああ、もちろんいつもみたいなんじゃなくて、ちょっとだけゆっくり走って柔軟体操をしただけだけどね」
『おおもう朝練に参加しとるのか』
『そりゃあ優秀だのう』
『さすがは若いなあ』
『もうくっついたなら優秀だよ』
笑った二人の声に、タキスの声を届けてくれるシルフも笑って頷いている。
『アンフィーもおるぞ』
『ひどく心配しておったのだぞ』
『いえ私などおこがましい!』
焦るアンフィーの声にレイが笑顔になる。
「アンフィー、いつもありがとうね。心配かけてごめんなさい」
『いえいえお元気になられたのなら良かったです』
慌てるように顔の前で手を振るシルフを見てレイも笑ってそっとシルフを撫でた。
「それでね、今日の報告」
『どうした』
『何かあったのか?』
身を乗り出すシルフ達を見て、慌てて首を振る。
「違うよ。あのね、今日はお城で倶楽部の体験会に行って来たんだ」
『確か星の友と竪琴の会』
『それから第二青年会だったっけ?』
ニコスの言葉に笑って首を振る。
「それには入ってるけど、今日はまた別の倶楽部だよ。何だと思う? ニコスなら分かるかな?」
目を輝かせてそう言うと、ニコスのシルフは考えるように腕を組んだ。
『さてなあ先の二つはいかにもレイらしい倶楽部だと思うし』
『第二青年会はほぼ義務に近い倶楽部だろう?』
『となると後は趣味の倶楽部かな?』
うんうんと頷くレイが嬉しそうに身を乗り出してニコス役のシルフを見る。
「さてなんでしょう?」
『ううん武術系の研究会とかかな?』
「へえ、そんなのもあるんだ。今度ラスティに聞いてみようっと」
『って事はそっちじゃあないのか』
『ええじゃあ何だ?』
『歌も見事だったから』
『合唱の倶楽部でしょうか?』
「残念、違うよ」
タキスの言葉にレイが首を振る。
『読書はどうだ?』
良い事思いついたと言わんばかりに手を打つギードの声に、レイはまた笑って首を振る。
「残念でした。でも本読みの会って倶楽部をルークが立ち上げてくれたよ。僕が正式に竜騎士になったら代表を交代するんだって。ああ、この前瑠璃の館のお披露目をした後に本読みの会の第一回の会合をしたんだよ。すっごく楽しかったんだ」
嬉々としていきなりお披露目会の時の様子を話し始め、皆苦笑いしながら聞いてくれた。
「それで、お披露目会の後にそのまま瑠璃の館で本読みの会を開催したんだよ」
枕を抱えて話をしていて、不意に話が脱線していた事に気づいた。
「あはは、ごめんね。なんだか話が別の方向にいっちゃったね」
照れたように笑って謝ると、四人の笑い声が聞こえた。
『気にするな』
『楽しそうで何よりだよ』
口々にそう言われてレイも笑顔になる。
『それで結局何の倶楽部に入ったんですか?』
タキスのシルフが笑いながらそう言うのを見て、レイは笑いながら胸を張った。
「あのね、刺繍の花束倶楽部って言って、刺繍を楽しむ倶楽部だよ。女の方が多いんだけど、男性もいたよ。僕の制服を作ってくれているガルクールも刺繍の花束倶楽部の会員だったの。一緒に教えてもらってクロスステッチっていうのを体験したんだよ」
得意気なその言葉に、一瞬全員の声が途切れる。
「あれ、聞こえてたよね?」
焦って覗き込んだところで全員揃って驚いた叫び声が聞こえてレイも飛び上がった。
「うわあ、びっくりした。何、そんなに驚く事?」
『いやあだってのう』
『女性でも苦手な方がおられる刺繍の倶楽部とな』
『驚くなって方が無理な話じゃぞ』
豪快に笑ったギードの言葉にレイも笑って頷く。
「ほら、何度か花嫁さんの肩掛けに刺繍をしたんだよね。その時にちょっと刺繍も楽しいなって思ったの。そうしたらミレー夫人が倶楽部に見学に来ませんかって誘って下さってね。素敵な裁縫箱までくださったから、せっかくだし、ちょっと遊びに行くくらいの軽い気持ちで行ってみたの。そうしたらすっごく楽しかったんだ。何て言うんだろう、針を持って刺繍をしている間は頭の中を空っぽに出来るんだよね。だからさ、普段でも読書とはまた違った気分転換になるかなって思ったの」
『ああそりゃあ良いかもしれないな』
『確かにお針仕事は黙々と出来るからなあ』
感心したようなニコスの言葉に、レイは嬉しそうに大きく頷いた。
「えっと今作ってるのは、降誕祭のツリーの飾りになるんだって。頑張って降誕祭までに仕上げないとね」
『ほうそりゃあ頑張らないとな』
嬉しそうなニコスの言葉にレイも何度も頷いていたのだった。
その後、少し蒼の森の様子や子竜達の様子を聞いてお休みの挨拶をした。
手を振って消えていくシルフ達を見送ってから、レイは大きな欠伸をしてゆっくり横になった。
「ふああ、ちょっと嬉しくて喋りすぎたね。きっと皆呆れてるよ」
楽しそうに笑って小さく呟き、毛布を胸元まで引き上げる。
「お休みブルー」
『ああ、お休み、良き夢を其方に』
優しくそう言って閉じたまぶたにそっとキスを送る。
静かな寝息が聞こえてきた後も、ブルーのシルフはその場に座ったまま、ぐっすりと眠る愛しい主をいつまでも見つめていたのだった。




