朝練の再開
「おおい、今日から朝練参加なんだろう? 置いていくぞ〜〜!」
ラスティと執事がもう一人手伝ってなんとか寝癖を直してもらったレイが大急ぎで顔を洗って身支度を整えていると、ちょうど終わったところでカウリがノックをして部屋に顔を出した。
「はあい、今行きます! ちょっとシルフ達に髪の毛をおもちゃにされてすごい寝癖になってたの。それで頑張って直してもらってました」
照れたように笑うレイの言葉にカウリも吹き出す。
「あはは、一応怪我で養生している間はシルフ達も遠慮してたらしいもんな。そっか、もう大丈夫と分かって遠慮が無くなったわけだな」
「みたいだね。しばらくひどい寝癖が無かったから、もう僕の髪に飽きたのかと思ってたのにね」
笑ったレイがそう言うと、周りにいたシルフ達が一斉に笑って首を振った。
『飽きるなんて無い無い!』
『主様の髪は大好きなの〜〜!』
『こんなに素敵な髪を見て』
『悪戯しないなんて無理無理〜!』
『それは無理〜〜』
口々に笑いながらそう言って、レイの髪を引っ張り始めるシルフ達を見てカウリがもう一度吹き出す。
「大人気だな。俺の癖毛は硬いからシルフ達にはあまり人気が無いんだよな。彼女達に大人気のお前の髪が羨ましいよ」
明らかにからかうようなカウリの口調に、レイも笑って胸を張る。
「良いでしょう。羨ましいでしょう」
「おお、羨ましくて嫉妬の炎が燃え上がってるぞ」
笑いながらそんな会話をしている二人を見て、目を輝かせたシルフが二人降りて来て、揃ってカウリの癖毛を引っ張り始めた。
『言われてみればこれも楽しいかも』
『クルクル戻るよ』
『引っ張っても戻るね』
『これも楽しい』
『楽しい楽しい』
笑いながらそう言った彼女達の言葉を聞いて集まって来たシルフ達が、一斉にカウリの癖毛を引っ張り始める。
彼は、以前は全体に短く刈り込んでいたのだが、竜騎士となって以降はルークのように側頭部のみを短く刈り込んで、頭頂部はやや長めのまま残して軽く油をつけてまとめて前髪を上げている。
この、時折額に落ちてくる前髪が素敵だと、ご婦人達の間で密かに人気になっている髪型でもある。
「こら、引っ張るなって! ああ悪かったよ。ごめんごめんって。髪の毛で遊ぶのはきっとレイルズの髪の方が断然面白いと思うぞ」
『そんな事無い無い』
『楽しい楽しい』
『クルクル楽しい』
「カウリ、諦めてください。もう彼女達のお気に入り認定されちゃいましたね」
満面の笑みのレイの言葉に、カウリは悲鳴を上げて彼に縋り付いたのだった。
「おおい、何やってるんだよ。置いていくぞ」
「置いて行きますよ〜〜」
開けたままの扉から、ロベリオとユージン、それからティミーとルークがそう言って顔を出した。
「おはようございます! あのね、ほら見て! カウリの髪もシルフ達のお気に入り認定されたみたいなの!」
嬉々として報告するレイの言葉と、寄ってたかってシルフ達にあちこちに引っ張られているカウリの髪を見て、全員揃って吹き出して大爆笑になったのだった。
「さてと、それじゃあ始めるか」
レイがルークと一緒に来たのは、いつもの朝練をしている訓練所ではなく、ティミーがロベリオ達と一緒に毎朝頑張って朝練をしている部屋だ。
「まあ頑張りたい気持ちは分かるが、いきなりいつもの朝練をするのは無理だ。今日のところはまずはゆっくり柔軟体操と走って体を温める所からだな。言っとくけど、びっくりするくらい体が硬くなってるからな。無理せず少しずつ戻して行けよな」
笑ったルークの言葉に真剣な顔で頷いたレイは、まずはその場でゆっくりと屈伸運動から始めたのだった。
「うわあ、本当だ。体に棒が入ってるみたいな気がする」
床に座って体を二つ折りにしたレイが情けなさそうな悲鳴を上げる。
床に座って足を揃えて投げ出し、屈伸して腕を伸ばす。
いつもなら余裕で足の指先を握れるくらいなのに、今のレイはそもそも指先がつま先に全く届いていないのだ。
「ええ、以前指の怪我をしてしばらく大人しくしていた時より酷い。これは頑張らないと駄目だね」
大きなため息と共にそう呟いて、体を起こしてからもう一度腕を伸ばす。
「あいたた。ううん、やっぱりこれ以上伸ばすと胸が痛いです」
もう一度ため息を吐いてそう言うと、隣で同じように屈伸していたルークが顔を上げた。
「言っただろう。無理するなって。最初でそれくらいまで曲がっていれば、まだ優秀な方だぞ」
「ええ、これで?」
もう一度ゆっくりと屈伸していたレイが驚いたようにルークを振り返る。
「あ! それは無理だって!」
「痛い!」
慌てて止めようとしたルークの叫びと、レイの悲鳴が重なる。
「おいおい、大丈夫か?」
「初日は絶対無理するなって言われてるだろう?」
ロベリオとユージンも驚いたように顔を上げてレイを振り返る。
「レイルズ様。大丈夫ですか!」
こちらは完全に二つ折りになるまで体を倒していたティミーが、慌てたようにそう叫んで立ち上がってレイに駆け寄る。
「あはは、ごめんね。大丈夫だよ。ちょっと横向きに体をひねったら痛かったの」
苦笑いしてそう言ったレイは、体を起こしてゆっくりと深呼吸をした。
「はあ、元に戻るのはいつになるかなあ」
『言ったであろう。無理は禁物だとな。動きはゆっくり真っ直ぐに。まだ当分、毎日言い聞かせねばならんようだな』
肩に現れたブルーのシルフに呆れたようにそう言われて、苦笑いしたレイは何度も頷いていたのだった。




