久し振りのいつもの朝の光景
『寝てるね』
『寝てるね』
『起こすの?』
『起こすの?』
『どうする?』
『どうするどうする?』
その朝、六点鐘の鐘が鳴った後に集まって来たシルフ達は、熟睡しているレイを見ながら楽しそうに相談を始めた。
このところ怪我のせいで全く朝練に参加出来ていなかったが、ようやくハン先生から許可が出て、今日から少しずつ運動訓練を再開する予定になっているのだ。
昨夜のレイは、寝る前にご機嫌でシルフ達にその事を報告して、以前のように六点鐘の鐘が鳴ったら起こしてくれるようにお願いしていたのだ。
『もう時間なのだから、起こして良いのではないか?』
レイの枕元に現れたブルーのシルフの言葉に、集まって相談していたシルフ達が一斉に満面の笑みで頷く。
『起こすよ起こすよ』
『おはようおはよう』
『おはようなの〜!』
口々にご機嫌でそう言って頷き合ったシルフ達は、そのままレイのところまで舞い降りて行き、豪快に絡まり合った髪の毛を引っ張ったり、頬をくすぐったりし始めた。
『おはようおはよう』
『時間ですよ〜〜!』
『起きてくださ〜い!』
『起きてくださ〜い』
「ううん……」
横向きになって枕にしがみついて寝ていたレイは、嫌がるように眉間に皺を寄せて小さく唸った。
『ほら起きなさい、レイ。今朝から朝練を再開するのだろう?』
ふわりと飛んで来たブルーのシルフが、レイの耳元で笑ってそう言い耳たぶを引っ張り頬を叩く。
「ああ、そうだった! 起きないと!」
パチリと目を開いたレイは、嬉しそうにそう言って手を突いて起き上がった。
「えっと、出来るかな」
そう呟くと、もう一度横になってからいつもしていたように腹筋だけで起き上がってみようとした。
「あれ、えっと……ああ、出来た。でもまだちょっと痛いなあ」
数回起きあがろうとして果たせず、最後に腕を上げて勢いをつけて何とか腹筋だけで起き上がった。
しかしそのままベッドに座って、胸の怪我のところを押さえてため息を吐く。
『おはようレイ、大丈夫か?』
心配そうなブルーのシルフの声に、レイは苦笑いしながら顔を上げた。
「おはようブルー。うん、我慢出来ない程の痛さじゃなくて、えっと、ちょっとズキっとする感じかな。これくらいなら、酷い打ち身の時の方が痛かったくらいだよ」
『まあ、もう骨は殆どくっついてはいるが、まだ完治した訳では無いのだからな。無理は禁物だぞ』
「うん、分かってるよ。じゃあ起きて顔を洗って来ようっと」
元気よくそう言ってベッドから起きて立ち上がり、伸びをしかけて止まった。
「ううん、これはまだ痛いですねえ」
苦笑いしながらそう呟くと、まずは窓に駆け寄りカーテンを開いて窓を開ける。
「良いお天気みたいだね。あれ? ちょっと気温は低くなったかな?」
この時間に起きるのは久し振りだ。そのおかげで、以前よりも気温がやや低い事に気がついて嬉しそうにそう呟く。
『まあ早朝と深夜はそれなりに気温が下がってきたな。だが日中はまだまだ暑い日が続くぞ。明後日あたりに少し雨が降るが、今日と明日は良いお天気だよ』
当然のようにそう言ったブルーのシルフにレイも笑って頷きそっとキスを贈る。
「そっか、じゃあお外を走れるかなあ?」
よく晴れた空を見上げて嬉しそうに呟いたレイは、窓を開いたまま
早足で洗面所へ向かった。しかし顔を洗う前に、洗面所の鏡に写った自分の頭を見て思い切り吹き出してしまう。
「ちょっと! しばらく大人しかったからもう飽きたのかと思ってたのに! 何この頭! どうなってるのかさっぱり分からないよ!」
叫んだレイの髪の毛はもう、彼の言葉通りに完全に鳥の巣状態で、いっそこめかみの三つ編みが綺麗に編まれている事が不自然に感じられるくらいに、それはそれは豪快に絡まり合っていたのだ。
『だってもう元気になったんでしょう?』
『だから良いの!』
『もう痛く無いんでしょう?』
『だから良いの!』
嬉々としてそう言って、また髪の毛を引っ張り始めるシルフ達にレイはもう笑うしかない。
「そっか、ごめんね。心配かけてたんだね。もう大丈夫だけど、いたずらは程々にして欲しいなあ」
『それは無理〜〜』
『こんなに素敵な髪を見て』
『悪戯しないなんて無理〜〜!』
『それは無理〜〜』
顔の前で一斉にばつ印を作る彼女達を見て、レイだけでなくブルーのシルフまでが吹き出し、シルフ達は大喜びではしゃぎ回っていたのだった。
「レイルズ様、今朝から朝練に行かれるのですよね。そろそろ起きてください」
久し振りの白服を手に部屋に入ってきたラスティが見たのは、寝乱れてしわになったシーツと向きの変わった枕が投げ出されたベッド。そして開けっ放しの窓から吹き込んでくる少しだけひんやりとした風と、扉が開いたままの洗面所で大きな声で笑いながらシルフ達に文句を言っているレイの声だった。
「おはようございます。レイルズ様。もしや久しぶりの寝癖ですか?」
「ああ、おはようラスティ、お願いだから助けてください、もう何がどうなってるのかさっぱりわからないんだよ。見てこれ!」
元気よく笑いながらそう叫んだレイの豪快に絡まり合った髪を見たラスティは、堪えきれずに勢いよく吹き出し、扉にすがって膝から崩れ落ちたのだった。




