部屋でのお泊まり会
「それじゃあね、美味しいお茶とお菓子をごちそうさま。レイルズはしっかり休んでね。痛くないからって無理しちゃ駄目よ」
第二休憩室でゆっくりお茶とお菓子を楽しんだ一同だったが、巫女達は夕刻のお祈りの時間があるらしく時間切れになってしまった。
「レイ、どうか無理しないでしっかり養生してね」
真剣な様子のクラウディアの言葉に、レイも真剣な顔で何度も頷いた。
「うん、ちゃんと休むから心配しないでね。次に会えるのは訓練所かな」
「そうね」
短くそう言って照れたように笑ったクラウディアは、レイのそばへ駆け寄っていった。
「ん? 何?」
何か言いたげな彼女を見て、レイは目線を合わせようと前屈みになろうとして息を止めた。今は前屈みは痛いので、ゆっくりと膝を曲げて体ごと下げて彼女の目線に近い高さに顔を下げる。
「ありがとう」
小さな声でそう呟いたクラウディアは、自分の目の前のレイの頬に伸び上がってキスを贈った。
予想外の彼女の行動にレイが唐突に真っ赤になる。
それを見てニーカが黄色い歓声を上げて大喜びし、マークとキムも手を叩いて大喜びで口笛を吹いた。
「もう! からかわないで!」
真っ赤になりつつも口を尖らせるレイの文句に、全員揃って吹き出してしまい部屋は笑いに包まれたのだった。
執事に付き添われて帰って行く二人を見送り、レイは小さく深呼吸をした。
「ううん、久しぶりの制服はちょっと窮屈だね。えっと、資料は部屋に置いたままだもんね。一旦部屋に戻ろうか」
まだ夕食の時間には少し早いし、お茶とパンケーキを頂いたばかりなのでお腹はそれなりに一杯だ。
「そうだな。まだ夕食には早いし、部屋へ戻って資料作りの続きをするか」
キムの言葉にマークも頷く。
「夕食までは部屋にある本を好きに読んでもらっても構わないよ。瑠璃の館や離宮ほどじゃないけど、部屋にも沢山本が置いてあるからね」
嬉しそうなレイの言葉に二人も笑顔になる。
「ああ、それもいいな。じゃあ、とりあえず部屋に戻るか」
顔を見合せて頷き合い、三人揃って兵舎にあるレイの部屋へ戻って行った。
久しぶりに竜騎士見習いの制服を着た元気そうに笑っているレイの姿を見て、彼の怪我の具合を心配していた一般兵達は密かに胸を撫で下ろしていた。
「へえ、確かに凄い量だな」
「うん、これはすごい」
部屋に戻り、壁面に作り付けられた本棚を見上げて、マークとキムは感心したように呟いた。
改めて、自分達と彼の置かれた立場と身分の違いを感じたが、あえて知らん顔で平然とレイを振り返った。
「ええと、ここには移動階段は無いんだよな。高いところの本は……ああこれか」
大きな梯子が本棚の横に立てかけられて金具に引っ掛けて留まっているのを見て納得する。
「うん、本棚の縁の部分に梯子の先が引っかかるようになってるから、そのまま横に移動出来るよ」
そう言って梯子に手を伸ばそうとするレイを見て、キムが慌てて止める。
「待て待て、それは俺がやる。お前は大人しく座っててくれ。欲しい本があったら取るから!」
「ああ、そうだね。えへへ、つい自分でやっちゃうんだよね」
苦笑いして、剣帯を外した胸元を押さえて襟元の金具を一つ外した。
「えっと、これってまだ脱いじゃあ駄目ですか?」
そう言って控えているラスティを振り返る。
「上着は窮屈なら脱いでくださっても構いませんよ。夕食は、お二人と一緒に食堂へ行っても構わないとハン先生から伝言です」
目を輝かせるレイを見て、マークとキムも嬉しそうに手を叩き合った。
「そっか、食堂へ行くのって久し振りじゃないか」
「うん、嬉しい」
まだ無理は出来ないし前屈みになると痛みが酷いけれど、少しずついつもの日常が戻って来て、嬉しくてレイは満面の笑みになるのだった。
夕食までは、それぞれ好きに本を読んで過ごし、久し振りの食堂では、ラスティにトレーを持ってもらって好きに選び、いつもよりもやや控えめの食事を取る。
一人で部屋で食べる味気ない食事と違い、マークやキムとご機嫌で話をしながらしっかりと食事を楽しんだのだった。
「はあ、美味しかった。ミニマフィンも美味しい」
「相変わらずよく食うなあ」
しっかりデザートのミニマフィンとフルーツまで平らげるレイを見て、マークとキムはずっと笑っていたのだった。
食事を終えて部屋に戻った後は、二人が持ってきた資料作りを手伝って過ごした。
少しくらいなら算術盤も使えるようになっていたので、魔法陣の展開図の計算式の検算をしてから、二人が書き上げた下書きを読み直して、説明文の齟齬や誤字脱字が無いかを調べて過ごした。
また、食事に行っていた間に、レイのベッドの横には簡易ベッドが二つ並べて置かれていて、いつものように三人一緒に並んで眠れるようにしてくれてあった。
「どうする、そろそろ休むか?」
一通り資料作りが終わったところで、散らかった資料を確認しながら片付けていたマークが、そう言ってレイを振り返る。
「えっと、もう作業は終わり?」
「おう、とりあえずやりたいところまで終わったよ。ありがとうな」
集めた資料をまとめてキムに渡しながら、マークが嬉しそうにそう言って笑った。
「そっか、ねえ。じゃあ天体望遠鏡を見てみる? 星の説明は何度かした事があるけど、これは見せた事無いよね?」
良いこと思いついた! と言わんばかりに目を輝かせたレイが、壁面の棚に置いてあった大きな箱を取り出して窓際に持っていく。興味津々の二人にも少し手伝ってもらって手早く天体望遠鏡を組み立てる。
「今日は月が出てるからね。まずは月を見てみるといいよ」
そう言って、真正面に見える大きな月に照準を合わせた。
「ほら見て。月の模様が綺麗に見えるよ」
レイの言葉に目を輝かせた二人が交互に天体望遠鏡を覗き込み、初めてみる月の表面の克明な模様に感動の声を上げるのだった。
『なるほどな。枕戦争は禁止だが、夜の楽しみ方は他にもあったようだな』
嬉々として、天体望遠鏡の中に見える月の表面の模様や、今の窓から見える星の説明をするレイと、子供のように目を輝かせて話を聞くマークとキムの二人を、開いた窓枠に座ったブルーのシルフとニコスのシルフ達が面白そうに眺めていたのだった。




