僕達だけのお茶会だね!
「おやおや、どうやら私の出番は無かったようですね」
呆れたようなハン先生の笑う声に、レイは満面の笑みで振り返った。
「せっかく来て頂いて申し訳ありませんけど、ぶつけた顎はもう大丈夫ですよ。ニーカが癒しの術をかけてくれたんです」
レイの言葉に、笑顔のハン先生が入って来る。
「ええ、見せていただきましたよ。素晴らしいですね。癒しの術の使い手は一人でも多い方が良いですからね。精霊魔法訓練所に報告はなさいましたか?」
最後の言葉は、ニーカに向かって優しく話しかける。
「いえ、まだこっそり練習中だったので話していません。でもこれで上手く使える事が分かったので、今度訓練所へ行った時に報告します」
一般の、精霊魔法と一切縁が無かった人が、ある日突然精霊達が見えるようになって精霊魔法を使えるようになるのと同じように、精霊魔法使いであっても、今まで出来なかった術が急に使えるようになるのは決して珍しい事では無い。なので、その場合はその都度直属の上司、もしくは精霊魔法訓練所の教授やケレス学院長への報告が義務付けられている。
ニーカの答えに笑顔で頷いたハン先生は結局そのまま帰って行き、見送ったレイ達は扉が閉まるのを見てからそれぞれ席に座った。
ラスティと執事達が手早くそれぞれの前にお茶とお菓子を置いてくれる。
「うわあ、美味しそう」
真っ白なクリームやカットした果物と一緒に並べられた小さなパンケーキが全部で五枚重なっているのを見て、ニーカが嬉しそうな笑顔でそう言って手を叩いた。
それからクラウディアと顔を見合わせて笑顔で頷きあい、手を握ってしっかりとお祈りをした。
「ええと、パンケーキはこうやって切るのよね」
お祈りを終えて、横に置かれていたナイフとフォークを手にしたニーカが、得意気にそう言って上手にパンケーキをカットした。
「ええと、それでクリームをここに乗せて……ああ、落ちちゃった!」
カットしたパンケーキの上にナイフでクリームを乗せたところまでは良かったのだが、残念ながら斜めになっていたパンケーキの上をクリームは滑ってお皿の上に落っこちてしまった。
「ほら、こんな風にしてフォークをもう少し横向きに持つと良いよ」
笑ったレイが綺麗な仕草で見本を見せてくれる。真剣な顔でそれを見たニーカが、もう一度落ちたクリームをナイフですくってパンケーキに乗せた。
そのまま大きな口を開けてパクりとパンケーキを口に入れた。
「うわあ、ふわふわね。美味しい!」
無邪気な笑顔に皆も笑顔でそれぞれのパンケーキを口にした。
「うああ、緊張する」
何とかカットしたフルーツも上手く食べられたマーク達を見て、レイも嬉しそうにしていた。
「ねえ、今気がついたけど、これって僕達だけのお茶会だよね!」
半分ほどパンケーキを食べたところで、カナエ草のお茶を飲んでいたレイが不意に目を輝かせて皆を見ながらそう言った。
「ああ、確かに。これは俺達だけのお茶会だな」
「確かに。おお、ちゃんと出来てるじゃんか」
マークとキムは、レイの言葉に笑いながら頷いてお互いに持っていたカップをにんまりと笑って軽く掲げた。
「精霊王に感謝と祝福を!」
「精霊王に感謝と祝福を!」
声を揃えた二人の声に、レイ達も笑顔でカップを掲げたのだった。
パンケーキを食べ終えた後は、おかわりに入れてもらったカナエ草のお茶を飲みながら、レイが療養中に退屈だった話や、そもそもの怪我の原因になったヴィゴやマイリーとの手合わせの話を聞き、クラウディアとニーカは揃って驚きに目を見開く事になったのだった。
「ええ、ヴィゴ様に打ち込んだですって?」
「凄い! ヴィゴ様って、国一番の剣士様だって言われてるお方よね?」
「凄い凄い!」
揃って無邪気に感心する二人と違い、それがどれだけ凄い事なのかを身を以て知っているマークとキムは、もう苦笑いしながら一緒に拍手をしているのだった。
「それだけじゃ無いって。この怪我の直接の原因の、マイリー様との手合わせも凄かったんだぞ」
「確かにあれは凄かった。何しろ飛び込んで行ったところをまともに横から蹴り飛ばされたんだもんなあ」
「しかも、補助具をつけた左足でだぞ」
「いくら腰から捻って蹴るって言ったって、あれは普通じゃ無いよな」
あの時の現場を見ている二人は、そう言って顔を見合わせてうんうんと頷き合っていた。
「ええ、マイリー様の左足で蹴られたの?」
驚くニーカの声に、レイも苦笑いしながら頷く。
「そうなんだよね。一撃入れようと思って必死に飛び込んだら狙い澄ましたみたいにまともに横から一撃食らっちゃったんだ。本気で目の前に星が散ったよ」
クラウディアとニーカは、揃ってまるで自分が怪我したかのように胸を押さえて悲鳴を上げる。
「まあ、防具があってそれだから、防具無しでまともに蹴られてたら本気であの世行きだよな」
「確かに、まともに背骨をやってるだろうから、まあ良くて再起不能だな」
マークとキムはそう呟き、これまたそれぞれ胸を押さえて痛そうに顔をしかめていた。
「マイリー様って凄いお方なのね」
しみじみと呟いたクラウディアの言葉に、顔を上げたニーカも真剣な顔で頷いていた。
巫女達にとっては、マイリーはレイやカウリのような気安い存在ではない。
竜騎士隊のヴィゴと並んで、武力と知力の双璧と呼ばれている程の凄いお方だ。
世間では無愛想だとか感情が無いなんて悪口も聞こえるが、身近で接した彼の印象は、世間一般のそれらとはかけ離れていて驚いたものだ。とても紳士的で優しく、やや細身で背の高いその姿は文句なしに格好良い。
しかし大怪我をされて今でも補助具を常に付けておられるので、彼女達はあくまでも動けるのは日常の範囲の事だと思っていた。
それがまさかの、普通に朝練に参加なさりレイを骨折させるほどの蹴りを左足で放ったのだという。
レイからその時の様子を聞いて、ひたすら感心していた二人だった。
「まあ、以前はマイリー様って言えば、格闘術ではヴィゴ様をも凌ぐお方として有名だったからなあ。お怪我なさった今でもあれだけ戦えるんだから、やっぱり凄いなんてもんじゃないって」
しみじみと腕組みをしながらのキムの呟きに、クラウディア達だけでなく、そんな事実を知らなかったレイまでが、揃って驚きの声を上げたのだった。




