大切な主人
「すっごくすっごく楽しかった! ロベリオの時も思ったけど、ユージンもお友達が多いんだね」
部屋に戻って来たレイは、前回のロベリオの時と同じく戻るなりどれほど楽しかったか、また懇親会が賑やかだったかを着替えをしながら息つく間も無く喋り続けていた。
怪我をして以降塞ぎがちだったレイの久し振りに見る弾けるような笑顔に、ラスティは相槌を打ちながら着替えを手伝いつつ、内心では泣きそうなくらいに安堵していた。
懇親会の最後に竜騎士隊が全員参加して演奏した、美しく青きリオルは、他の参加者達も合唱に加わり、それは見事な大合唱となったのだった。
大声を出すと胸に響くので今回は演奏のみでの参加だったレイは、いつもよりもゆっくりと皆の見事な歌声を聴く事が出来て、大満足で演奏を終えたのだった。
最後に、友人一同に取り囲まれて揉みくちゃにされながら胴上げされているユージンを見て、ルークと二人してまた大笑いしてしまい、笑いながら半泣きになって痛む胸を押さえていたのだった。
「お疲れ様でした。あとでハン先生が来てくださいますから、まだお休みにならないでくださいね」
ひとまず第一級礼装を脱いでから軽く体を拭いてもらい、楽な部屋着に着替えてソファーに横になったレイは、ブルーのクッションを抱えて大きなため息を吐いた。
「ちょっと怪我しただけで、こんなに不自由になるなんて思わなかったや。マイリーは本当に凄いね。裏でどれだけ苦労なさってるのかって考えたら……もう尊敬する以外無いよね」
ソファーの背もたれの上に座ったブルーのシルフは、横になったまま天井を見上げてぼんやりと呟くレイを心配そうに見つめていた。
『大丈夫か、レイ』
低いブルーの声に、もう一度ため息を吐いたレイは視線だけ動かしてブルーのシルフを見上げた。
「うん、大丈夫だよ。いっぱい笑ってすっごく楽しかった。皆も楽しそうだったね」
『ああ、そうだったな。皆とても良い笑顔だったよ』
笑ってそう言い、ふわりと飛んで来てブルーのクッションの隙間に潜り込み、そっとレイの脇腹を軽く叩いた。
『痛いの痛いの飛んでけ〜〜』
「あ、ちょっと痛くなくなったや。ありがとうね。ブルー」
実を言うとかなり痛くて、横になったまま動けなかったのだ。
『無理に動かずじっとしていなさい。まだ骨は完全にはくっついておらんからな』
「うん、そうだね。ふああ、ちょっと眠くなってきたや……駄目だよ。ハン先生が来てくれるん、だから、さ……」
シクシクと傷んでいた怪我をした箇所はブルーが癒しの術をかけてくれたおかげで何とか気にせずにいられる程度の痛みになった。
すると途端に睡魔が襲って来て、レイは抗う間も無くあっという間に飲み込まれてしまったのだった。
『おやおや、かなりお疲れだったようだな。まあ、あの医者が来るまでまだ少し時間はあるようだ。ギリギリまで休ませてやるとするか』
優しくそう呟いたブルーのシルフは、頭上にいるシルフ達に結界を張らせると、静かに癒しの歌を歌い始めたのだった。
「おやおや、すっかりお休みのようですね」
ハン先生がいつもの治療用のカバンを抱えて部屋へ来た時、レイはソファーに寝転がってブルーのクッションに抱きついたままで仰向けになって熟睡していた。
怪我をした部分を守る医療用の胸当ては身に付けたままだ。
「レイルズ、起きてください」
苦笑いしてそっとクッションを叩いて引っ張る。
「ううん……」
寝ぼけたレイが、嫌がるように引っ張られたクッションにしがみ付く。
「そんなにこれが気に入ってるんですか?」
「うん、だって……これは綺麗な、ブルーの色だもん……僕の、えっと僕のね、大好きな色なんだよ。えへへ……」
寝ぼけてそう呟くと、レイはまたそのまま眠ってしまった。
それを見て吹き出したハン先生は、咳払いをして誤魔化すと一つ深呼吸をして顔を上げた。
「仕方ありませんね。ラスティ、ちょっと手伝ってください。胸当てを一旦外さなくては湿布も変えられませんからね」
そう言って抱えるようにして、クッションごとレイを起き上がらせたハン先生は、すぐに来てくれたラスティに手伝ってもらい、まずは二人がかりでクッションを取り上げてから服を脱がして胸当てを外し、手早く湿布を交換してくれた。
レイは完全に寝ぼけていて、倒れそうな体をラスティに支えてもらって、かろうじて体を起こしている状態だ。そのまままた持って来ていた別の胸当てをそっと装着させてから、ラスティが用意してくれていた寝巻きに着替えさせた。
「さすがに今日はお疲れのようですね。はい、これで結構です。レイルズ、もう休むならベッドへ行ってください。ここで寝たら明日、体や首が痛くなりますよ」
笑ってごく軽く頬を叩くと、不意に目を覚ましたレイが驚いたように目を瞬いた。
「お目覚めですか? ほら、立ってベッドへ行ってください」
そっと抱き上げるようにして抱えられ、レイも慌ててハン先生の肩に手を掛けてタイミングを合わせてゆっくり起き上がった。
そのままゆっくり自分で歩いてベッドまで行き、また手伝ってもらってようやくベッドに横になる事が出来た。
「うう、いつもごめんね。こんな時は、大きな体が何だか申し訳なくなるや」
二人がかりで横にならせてもらったレイが、小さくため息を吐いて申し訳なさそうにそう呟く。
「レイルズ様。申し上げましたでしょう? こんな時くらい遠慮なさらずに頼ってください。これくらい何でもありませんよ」
胸元に夏用の毛布を引き上げてやりながら、苦笑いしたラスティがそう言ってレイの顔を覗き込む。
「うん、ありがとうね」
照れたように笑ってそう言ってから、大きな欠伸をする。
「今日はお疲れでしたね。どうぞごゆっくりとお休みください。貴方に、明日も蒼竜様の守りがありますように」
いつもなら答えが返ってくるのだが、今日は代わりに静かな寝息が聞こえて来た。
「おやおや、本当にお疲れのようですね。あっという間に眠ってしまわれましたよ」
呆れたようにそう言って笑ったラスティは、ハン先生と顔を見合わせて笑い合い、レイの額にそっとキスを贈った。
「早くお怪我が癒えますように。精霊王よ、我が大切な主人をどうかお守りください」
静かな祈りはごく小さな声で呟かれ、それを聞いていたのは、ラスティには見えないシルフ達だけだった。
ブルーのシルフとニコスのシルフ達も、ベッドサイドに置かれた机の上に並んで座り、真剣に祈りを捧げるラスティを優しい眼差しで見つめていたのだった。




