彼女の決意
「精霊王に感謝と祝福を」
大僧正の声にユージンとサスキアの声が続く。
その後、ヴォルクス伯爵家のマシューとソフィアナが誓いの短剣を運んで来て、ユージンとサスキアが向かい合ってそれぞれに誓いの言葉と共に短剣を交換した。
「あれも大概恥ずかしいんだけど、この後はもうなあ」
真剣な表情で誓いの短剣を交換するユージンを見ながら、ロベリオが笑いを必死になって堪えている。
「あ、誓いのキスだね」
無邪気なレイの呟きにティミーも隣で目を輝かせている。
「その割には、誰かさんは思いっきり張り切ってたような気がするけどなあ」
呆れたようにカウリがそう呟き、ロベリオが吹き出しかけて咳払いで誤魔化していた。
ティミーはロベリオの時のかなり濃厚なキスを思い出して真っ赤になり、レイに真っ赤になった頬を突っつかれていたのだった。
「では、ヴェールを上げて精霊王の御前で誓いのキスを」
大僧正の声に、軽く息を吸ったユージンが、サスキアの顔を覆っていたヴェールをゆっくりと上げて後ろへ流す。
そのままキスを交わすはずなのに、何故かユージンは彼女の顔を見つめたまま目を見開いて動こうとしない。
「サーニャ……それは……」
ユージンの戸惑うような声が、静まり返った場内に意外なほど大きく響いた。
参列者達が、何事かと戸惑うようにざわめく。
しかし、祭壇の前の二人は無言で見つめ合ったままだ。
サスキアの左の頬には彼女が幼い時の火傷の痕が残っていて、一時はそれを人目に触れさせるのを嫌がって、全く人前に出られなくなったほどだった。
そんな彼女を心配したユージンは、ドワーフの職人に頼んで彼女の火傷の痕を隠せるような特殊な形の耳飾りを作ってもらって贈ったのだ。広がる翼の形をした薄い革製のそれは、彼女の左こめかみから頬まであり見せたくない火傷の痕を見事に覆い隠してくれた。
以来、彼女はそれと同じ形の耳飾りをいくつも作ってもらい、服に合わせて常に身につけて過ごしている。
当然ユージンはその事を知っているし、そんな彼女に幾つも耳飾りを贈ったりもしていた。
今、花嫁となった彼女の頬を覆っているのは、あのまだ幼かった彼が贈ったあの時の薄紅色の翼の耳飾りだったのだ。
年季の入ったそれは色がくすんでもう薄紅色では無くなっているし、翼の先端部分はかすれて丸まりかけている。
全体に古びたそれは、花嫁の飾りとしてはどう見ても相応しくはないだろう。
戸惑うユージンを小柄な彼女は見上げて口を開いた。
「お願い、この耳飾りを……貴方の手で取ってちょうだい。もう、私はこの傷を隠さないわ。例え何があろうと大丈夫だって、貴方が教えてくれたもの」
静かなその宣言も静まり返った場内でよく聞こえた。驚きに息を呑む音があちこちから聞こえた。
しかし、大僧正は見つめ合う二人に声をかけない。
「分かった」
ユージンが自らの手をそっと彼女の左の耳元へ伸ばす。そしてそのまま、彼女の耳に取り付けていた耳飾りをそっと外した。
左の頬骨の上に、親指の爪ほどもある赤いひきつれたような火傷の痕が現れる。
しかし、それは記憶にあるそれよりもかなり色が薄くなっていて、大して目立ってはいない。
わざわざあえて顔を近づけて覗き込めば分かるだろうが、化粧のおかげもあって言われなければ分からないほどに色が薄くなっていたのだ。
「大丈夫だよ。僕のサーニャは最高に綺麗だ」
高らかにそう宣言したユージンは彼女を抱きしめ、彼女も力一杯抱きしめ返した。そしてそのまま当然のように恋人同士の熱いキスを貪るようにして交わしたのだった。
呆然と、そんな二人のやりとりを見ていた参列者達は、ようやく我に返ってあちこちから歓声が上がり、場内は大きな拍手に包まれたのだった。
「よかったね。よし、じゃあ行こうか」
執事が一礼して近付いてきたのに気付いたレイが、小さな声でティミーに話しかける。
「はい、参りましょう」
同じく小さな声で笑顔で返事をしたティミーは、静かに立ち上がって迎えにきてくれた執事と共に花びらを撒くために外へ出て行った。
「お、レイルズ様とティミー様が出てこられたぞ。ほら、子供達に花籠を配ってる。って事はそろそろ式は終わりだな。皆、準備は良いか?」
キムの掛け声にマークも笑顔で頷き、整列して待機していた第四部隊の面々も大きく頷き直立する。
大きな拍手と共に、開いた扉から花嫁の肩掛けを身につけたサスキアの手を引いてユージンが出てくる。
レイとティミーの合図で子供達が持つ花籠から一斉に花びらが撒かれ、軽い旋風が巻き起こってその花びらをさらに高くまで散らされた花びらは、ゆっくりと二人の上に降り注いだ。
「おめでとうございます!」
子供達とレイとティミーの嬉しそうな声が重なる。
それを見て、頷いたキムの合図で第四部隊の兵士達は、一斉に敬礼したあとに高々と右手を頭上に掲げた。
「ご結婚おめでとうございます!」
兵士達が声を揃えてそう言い、開いた右手に虹を出現させた。
「虹が出たわ!」
「おお、これは見事だ」
「なんて綺麗なの!」
周りの人達の感心するような声に、マーク達はさらに手を伸ばす。
そしてゆっくりと掲げた右手を上下に動かし始めた。
まるで打ち寄せる波のように列を成した虹がゆっくりと揺めく。
「まあ、なんて綺麗なのかしら!」
すぐ近くまで来たユージンとサスキアの二人は、もうこれ以上ない笑顔で揃って頭上に掛かる揺らめく虹を見つめていたのだった。
二人の周りでは勝手に集まってきたシルフ達も、マーク達のポーズを真似て揃って右手を掲げて、嬉しそうに笑っていたのだった。




