巫女達の舞と誓いの言葉
『ユージンしっかりしなさい』
笑ったマリーゴールドの使いのシルフに何度も頬を叩かれて、ようやく我に返ったユージンは、父親に伴われて進み出てきた彼女が、もう自分の目の前まで来ている事に今更ながらに気付いて無言で慌てていた。
そんな彼の内心など知らず、二人が目の前で立ち止まり彼女の手がそっと目の前に差し伸べられる。
大きく一つ息を吸ったユージンは、彼女の父親と目を見交わしてそっと彼女の手を取った。
笑顔で下がる父親に一礼して二人揃って祭壇に向き直る。ベールやドレスの裾を持ってくれていた子供達も、それを見てそれぞれの席へ着いた。
二人の結婚の見届け人であるディレント公爵夫妻が進み出るのを、席に座ったレイは目を輝かせて見つめていた。
「今回も、ディレント公爵閣下が見届け人を務めてくださるんですね」
「ロベリオの時もそうだったものね」
隣に座ったティミーの小さな呟きに、レイは笑顔で何度も頷いていたのだった。
「精霊王の御前にて、新たなる道を進む者達に祝福を」
祭壇の前に立っていた大僧正の声に、場内は一気に静かになる。
ゆっくりと場内を見渡して大きく頷いた大僧正は、手にしていたミスリルの杖をゆっくりと掲げて振った。
子供達が、それを見てそれぞれ手にしていたミスリルの鈴がついた杖をゆっくりと振った。
杖に取り付けられた小さなミスリルの鈴達が一斉に軽やかな音を立てる。
『綺麗な鈴』
『大好きな音』
『綺麗綺麗』
聖なる響きに惹かれて集まってきた大勢のシルフ達はご機嫌でそう言って笑い合い、空中で手を取り合ってくるりくるりと回りながらダンスを踊り始めた。
ロベリオの時と同じく、他にも多くの精霊達が集まってきてそれぞれ好きな場所で大騒ぎを始め、礼拝堂の中はあっという間に大勢の精霊達で溢れかえっていたのだった。
「精霊達も祝福してくれているよ」
風も無いのに一定のリズムで炎が揺らめく蝋燭を見ながら、笑ったユージンが花嫁の耳元に声を届けて密かに彼女を驚かせていた。
「精霊王に感謝と祝福を」
再び大僧正が大きな声でそう唱え、参列者達がそれに続いて唱和する。音楽隊の奏でる音が静まり返った堂内に響き渡った。
その時、軽やかなミスリルの鈴の音と共に、祭壇の左右から着飾った数名の巫女達が出て来た。その中にクラウディアの姿を見つけて、レイは声を上げそうになって慌てて口を押さえた。
巫女達は祭壇の前に進み出ると、深々と一礼してから参列者達に向き直った。
そして、手にしたミスリルの鈴がついた杖を振り、精霊王に捧げる歌を歌いながら舞を舞い始めた。
祭壇の左右に並んでいた神官達と大勢の巫女達も、それに合わせてゆっくりと歌い始める。
祭壇の前に並んだ舞い手の巫女達は、見事に揃った所作で前後左右にゆっくりと動きながら、時折一斉に手にしたミスリルの杖を振る。
その度に、うるさいくらいにシルフ達が大喜びではしゃぎまわり数多の蝋燭の炎を揺らしていた。
結婚式で巫女達の祝福と奉納の舞が披露される事は、珍しいが決して無い訳ではない。
今回、式に参列出来ないクラウディアとニーカの為に、ディレント公爵が特別に手配してくれたのだ。
これは公爵が個人的に神殿に依頼して巫女達に舞を舞ってもらったという形をとっている。当然公爵はそのために神殿にお礼として多額の寄進を行っている。
舞い手ではないニーカは、今日は祭壇の横に並んで歌い手として参加しているし、ジャスミンは、今回も綺麗なドレスを着てご両親と一緒に式に参列している。
突然始まった、初めて見るいつもとは違った巫女達の舞を、レイは歌いながら夢中になって見つめていたのだった。
歌が終わり、巫女達が再び祭壇前に整列して深々と祭壇に向かって一礼する。それから振り返って参列者達にも一礼してからゆっくりと下がって行った。
静まり返った場内を見て、大僧正がゆっくりと口を開く。
「ユージン・ディーハルト、汝これから先の日々を、病める時も、健やかなる時も、互いを敬い、喜びと悲しみをともにし、貧しき時には助け合い、いつの日にか輪廻の輪に戻るその時まで、その命かけて彼女を守り、愛することを誓いますか?」
「誓います」
ユージンの静かな声が場内に響く。
「サスキア・マルグレート、汝これから先の日々を、病める時も、健やかなる時も、互いを敬い、喜びと悲しみを共にし、貧しき時には助け合い、いつの日にか輪廻の輪に戻るその時まで、その命かけて彼を守り、愛することを誓いますか?」
「誓います」
緊張してやや上擦ったサスキアの声が場内に響いた。
「ここに、ユージン・ディーハルトと、サスキア・マルグレート両名が、精霊王の御前にて、これからの人生を共に歩む事を約束致しました。これを見届けました事をご報告申し上げます。精霊王に栄あれ」
ディレント公爵の堂々とした声が場内に響き渡る。
「精霊王に感謝と祝福を」
ユージンとサスキアの二人の声がそれに続いた。
参列者達から大きな拍手が沸き起こり、レイやティミーも目を輝かせて手を叩いていた。
「この前のロベリオ様の時もそうだったけど、今回も精霊達が大はしゃぎしていますね」
嬉しそうに笑って空中で輪になって踊るシルフ達を見ていたティミーの言葉に、レイも笑顔で何度も頷いていたのだった。




