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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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今やるべき事とその理由

「うわあ、どこにも所属してない精霊魔法使いが入隊したいって申請して来たら、そりゃあ軍部は狂喜乱舞しただろう」

 精霊が見えると知られた後の、自分に対する軍部の対応の早さを思い出したマークの呆れたような呟きに、キムも苦笑いして頷いた。

「当然、その場で即時採用されて、そのまま基礎訓練のためにここの駐屯地へ連れて行かれた。当然両親は激怒して軍部に噛み付いたらしいけど、もう本人が誓約書にサインした後だから軍部外の人にはどうする事も出来なかった。俺は当然、それを知って駆け込んだんだよ」

「ええ、じゃあもしかして、キムとご両親って……」

 ルークとお父上の確執を思い出したレイが、慌てたようにそう言って心配そうにキムの顔を見る。

「ああ、大丈夫だからご心配なく。もちろんその時は大変だったけど、今では理解して応援してくれているよ。ほら、覚えてるかな。以前三人で街へ出掛けた時に、居酒屋の酔っ払い達が俺の事を気安くあだ名で呼んでただろう?」



「キム坊!」



 目を輝かせたマークとレイの声が重なり、キムが顔を覆って悲鳴をあげる。

「そんな事覚えてなくていい! とにかくあのおっさん達ってのが、俺の実家の近所にある工房に住み込みで働いてる家具職人達でね。俺が小さい頃に、よく工房の作業場に入れてもらって木の端材で遊ばせてくれてたんだ。それで俺が時々シルフ達に板切れを飛ばしてもらって遊んだりしてたのを見ていたから、彼らは俺が精霊使いだって事を以前から知ってた。もちろんおっさん達は、亡くなった兄達の事や、両親が、俺が精霊魔法を使えるのをひた隠しにしてた事も全部知ってた。それで、俺が成人する直前に、未登録の精霊魔法使いが自ら軍部へ入隊希望すればどうなるかをこっそり教えてくれたのも彼らさ。俺が本当に軍部へ駆け込んであっという間に入隊した後、激怒する両親との間に入って説得してくれたんだよ。俺達は彼を応援する。彼には彼の人生がある。それを親の傲慢で押しつぶすなって言ってくれたんだって、後から両親から聞かされた」

「それは、はっきり言って恩人だな」

 感心したようなマークの呟きに、キムも苦笑いしながら頷いた。

「まあ、第四部隊に正式採用された後、一応酒持って挨拶には行ったぞ。散々からかわれたけど、まあ感謝してるよ」

「へえ、単なる酔っ払いかと思ってたけど、実は良い人達だったんだね」

 目を輝かせるレイに、キムは困ったように笑った。

「未だに酒のネタにされてからかわれるけどな」

「諦めろ、それはもう一生言われるのは確実だよ」

 マークの大真面目な言葉に、キムだけでなくレイまで一緒になって吹き出したのだった。



「まあそんなわけで、俺は無事に軍へ入隊出来て、訓練期間を過ぎてここオルダムの第四部隊に正式に配属された。そこで、この精霊魔法の合成のきっかけを得た」

 笑って聞いていたマークとレイの顔が一気に引き締まる。

「俺は結果として捨て身で飛び込んだここで、生涯にわたって研究する価値のあるものに出会えた。マークやレイルズって仲間を得て、その研究はさらに価値のあるものになった。本当に感謝してる」


 その言葉に嬉しそうに大きく頷くレイとマークを見て、キムは泣きそうな顔で笑った。


「だからさ、今はまだ分からなくていい。レイルズだってきっと見つかるよ。自分が生涯かけて向き合う価値のある何かをさ」


 レイの顔を真正面から見て、はっきりとキムが断言してくれる。


「まだお前のここでの人生は、一歩どころか半歩分くらいしか進んでないと思う。その半歩は、言ってみればこれから先歩くための地固めの期間みたいなものさ。ここで生きていく為の知識や技術を一つでも多く増やす。精霊魔法研究所や高等科での勉強。あらゆる武術の訓練、もちろん竜騎士としての務めに関する知識や技術も必要だろう。人脈を作り、友達を増やす。分かるだろう? 今のお前がやってるそういった一つ一つは、今は価値の無い事みたいに思えるかもしれない。無駄だと思えることの方が多いかもしれない。だけどそれは、これから先ここオルダムで生きていく為の道を作り、歩く為の足を鍛える為の方法であり、準備期間なんだ」



 そこでキムは一息ついて、机に残っていた水を飲み干した。

「はあ、ウィンディーネ、良き水をくれるか」

 空になったグラスにぴたりと水が湧き出して止まる。

「ありがとうな」

 手を振って消えるウィンディーネを見送り、キムはグラスの良き水を一気に飲み干す。

「はあ、美味しい。な、こんな風に、自分に出来る事を一つでも多く増やしながら人は生きていくんだ。どれひとつをとっても無駄な事なんて無い。おっさん達がいつも言ってた。一見無駄に思える知識が、それを忘れるくらいに時間が経った時に意外な形で役立つ事なんていくらでもある。特に若い時に一つでも多く知識や技術を身につけておけば、そんな機会が多くなるんだっていつも言われた。いまだに会って飲むたびに言われる。な、だからあんまり今すぐに結果を求めたり、全部完璧にやろうなんて思わなくていい。そもそもレイルズは、もう少し力を抜いて気楽に物事に向かうようにした方がいいと思うぞ」

 呆然としたままキムの言葉を聞いているレイの目の前に、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が並んで現れた。

『彼の今の話は素晴らしかったな。我もまさしくその通りだと思うぞ』

「良いの、今のままで?」

『いつも言っているだろう? 其方は充分過ぎるくらいによく頑張っておるさ。今は何も考えずにゆっくり休みなさい』

 優しいブルーの言葉に、それが聞こえていたマークとキムも笑顔で大きく頷く。



「ああそうそう、もう一つ大事な事を教えるからよく聞けよな」

 キムが大真面目な顔でレイに顔を寄せる。

「良いか、体が弱っている時に考え事をしても絶対に良い結論は出ない。だからそんな時に考え事をするのは時間の無駄なんだよ。だから体が弱ってる時は、しっかり食べて寝ろ!」

 最後はそう言って、レイの背中に当てているクッションをゆっくりと引っ張る。

 頷いたマークがレイを支えてやり、クッションを引き抜いたところでレイを横にならせる。

「それじゃあもう本当に戻るよ。俺達はしばらく資料作りとか原稿書きとかやってるからさ。退屈な時はいつでも呼んでくれても構わないぞ。なんなら、ここでまた資料作りをさせてもらうからさ」

 笑ったマークの言葉に、横になったままレイは嬉しそうに頷いた。

「分かりました。来てくれてありがとうね。じゃあ早いけどもう休みます」

「おうおやすみ」

「おやすみ、良い夢を」

 笑った二人は書類の入った鞄を抱えて、ベッドに横になっているレイに笑顔で手を振りながら静かに部屋を後にしたのだった。

 それを見送って小さなため息を吐いたレイは、そのまま今度は安心して目を閉じたのだった。

 ブルーのシルフが、レイの閉じた瞼にそっとキスを贈った。

『ゆっくり眠るといい。其方に良き夢がありますように』

 そう言ってもう一度今度は頬にキスを贈ったブルーのシルフは、そのまま胸元に潜り込んで一緒に眠る振りを始めたのだった。

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