何が出来る?
「それじゃあ戻るけど、無理するんじゃないぞ」
「そうだよ。特に何かをする時に急に動いたりしない事!」
書類の入った鞄を持ったマークとキムの二人から真剣な表情でそう言われて、ベッドに横になったレイは笑って頷いた。
「分かりました。おとなしくしてます」
ここへ来た時とは全く違う、いつもの表情になったレイの様子に、二人は心底安堵していた。
「こう言っちゃあなんだけどさ。良い機会だからしばらくゆっくり休ませてもらえばいいよ」
「確かにそうだよ。怪我した時くらいゆっくりしろよな」
「まあ、やりかけの仕事を持って来て手伝わせた奴が言う台詞じゃないけどな」
「あはは、確かにそうだな」
顔を見合わせて苦笑いする二人を見て、レイは嬉しそうに笑って首を振った。
「そんな事ないよ。やりかけの仕事を手伝ってくれって、遠慮無く言ってくれて嬉しかった」
驚く二人を見て、レイは手をついてゆっくり横になっていたベッドから体を起こした。
慌てたように、それを見たキムが先程下げた大きなクッションをレイの背中に押し込んで支えてくれた。
「ありがとうね。えっとね、怪我をしてずっと何も出来ずに横になって休んでばかりいるとさ、なんて言うか、色々考えちゃって……自分が全くの役立たずみたいな気がして……実を言うと、ちょっと休んでるのが辛かったんだ」
「お、お前……何言ってるんだよ」
「そうだよ。お前が役立たずなんかのはずないじゃないか」
焦ったように口々にそう言ってくれる二人を見て、レイは困ったように眉を寄せた。
「分かってる。分かってるけど……解らないんだ。僕は唯一無二の古竜の主で、皆が大事にしてくれる。それは分かるよ。痛いくらいに分かる」
「それが分かるなら……」
マークの戸惑うような声に、レイは小さなため息を吐いて首を振った。
「だけど、僕には未だに自分に何が出来るのか分からない。ちょっとは色んな事が上手く出来るようになった気がするけど、そんなの皆が当たり前にやっていた事がようやく出来るようになっただけの気がする」
突然始まったレイルズの告白を、二人は無意識のうちに持っていた書類の詰まった鞄を置いて、ベッドの横に置かれていた丸椅子に並んで座っていた。
「お前……」
マークは、どう言って慰めたら良いのかさっぱり分からなくて、助けを求めるように隣に座るキムを振り返った。
しかし、キムはそんなマークを見もせずに、それは真剣な顔でレイを見つめていた。
「自分に何が出来るか分からない。お前ほどの身分のものでも、やっぱりそう思うのか……」
複雑な感情のこもったその言葉に、レイだけでなくマークまでが不思議そうにキムを見つめた。
「えっと、身分は関係ないと思うけど……」
戸惑いつつもそう言ったレイを、キムはとても優しい表情で見つめた。
「俺も思ってた。お前くらいの年齢まで、ずっと、ずっと思ってた。自分に何が出来るのかって」
思いのほか強い口調のキムの様子に、二人が揃って驚きに目を瞬く。
「キム……?」
急に黙り込んだキムに、レイが遠慮がちに声をかける。
「ちょうどいいや。ちょっと時間を取るけどいい機会だから俺の話を聞いてくれるか」
揃って頷くレイとマークを見て、キムは大きなため息を吐いた。
「俺の正式な名前は、キムティリー・フィナンシェ」
知っていたので、レイは頷く。
「以前マークには少しだけ話した事があるんだけど。俺は一人っ子だけど実は三男なんだ」
一人っ子なのに三男。
それが何故か考えたレイは、すぐに答えに辿り着いた。
「えっと、つまりキムの二人のお兄さん達は、もう、お亡くなりになってる?」
遠慮がちなレイの答えに、キムは戸惑いもせずに頷いた。
「レイルズ、正解。上の二人は、どちらも一才になる前に精霊王の御許へ旅立ってしまった。しかも双子の兄弟だったんだよ」
驚きに言葉もない二人を見て、キムは困ったように笑う。
「両親の嘆きは、そりゃあ深かったと思う。それで、俺が生まれた時に神殿の神官様から、この子は男の子では無いと精霊王にご報告申し上げようって、そう言われたらしいよ。それで、こんな女の名前がつけられたんだ」
実は、密かにキムの名前を不思議に思っていたレイは、納得したように小さく頷いた。
「聞いた事があるよ。古い慣習で、性別と逆の名前をつけて精霊王に報告すれば、子獲りの精霊に連れて行かれないんだって」
マークはこの話を聞いた時に、その話を知らずにキムから聞いたが、レイは本の中にそんな風習が昔はあったと言う記述があったのを覚えていたので、すぐに納得した。
「一応、二度目の洗礼の時には、ちゃんと男の子として報告してるぞ。だからキムって呼び名がついたんだ」
苦笑いするキムを、レイは真剣な顔で見つめている。
「当然、両親は俺をそりゃあ大事に育ててくれた。それについては感謝してる。だけど、俺は物心ついた時から精霊の声が聞けて姿が見えた。それなのに、両親はそれを知られたら自分達の手元から俺がいなくなると知って、その事を隠した。神殿の寺子屋には行かせてもらったけど、誰にも絶対に言うなって毎日みたいに言われ続けた」
「ええ、そんな……」
それは、言ってみれば目が見えるのに一切ものを見てはいけない。耳が聞こえるのに一切の音を聞くなと言っているに等しいほどの無理難題だ。
「だけど、俺は子供だったから言われる通りに我慢して誰にも言わず、外では精霊達の事を無視したりもした」
それは精霊使いにとってはとても窮屈で我慢し難い事だし、精霊達にとっても無視されるのはとても悲しい事なのだ。
「ずっと我慢してた。そしてずっと思ってた。それなら俺のこの精霊達が見える力は、一体何の為にあるんだ。俺には何が出来るんだって。それで成人年齢になった翌月、俺は一大決心をして街にある軍の事務所に一人駆け込んだ。俺には精霊が見える。兵隊になれますか。って言ってな」
驚きに言葉もないレイの肩の上には、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が並んで座り、それぞれ真剣な表情で黙って彼の独白を聞いていたのだった。




