お見舞い
「よし、じゃあ行くとするか」
書類で膨れた鞄を抱えた二人は顔を見合わせてそう言うと、いそいそと竜騎士隊の本部の兵舎へ向かった。
「考えてみたら、この階段を登った事って無いよな」
「確かに。たった一階の差なのに、とんでもなく遠くに感じるよな」
兵舎に到着した二人は、いつも通っている上へ上がる階段を駆け上がった。
しかし、幅が広く綺麗に掃除がされた階段を二階まで上がったところで足が止まる。
大きな建物のこの階に二人の寝泊まりしている部屋があり、基本竜騎士隊本部付きの兵士達もここで寝泊まりしている。
一部の警備の兵士は、他に宿泊所があったりもするが、基本的にはここが彼らの家となっている。
そして、その上の三階と四階部分が竜騎士達が寝泊まりする私室となっていて、ここは一般兵士達は立ち入りを厳しく制限されている。
階段を上がったところに常に複数の警備の兵士がいて、許可無く勝手には上がれないようになっているのだ。
「ええと、どうすればいいかなあ」
「やっぱり、ここはラスティ様に連絡するべきじゃね?」
三階へ上がる階段の前で、二人は困ったように顔を寄せて相談を始めた。
「何だ? 何をしておる」
突然聞こえたその声に、マークとキムは即座にその場で直立した。
廊下にいた数名の兵士達も同じように直立している。
声の主はヴィゴで、隣には手には書類に入った箱を抱えたカウリの姿もあった。何か言いたげに二人を見下ろすヴィゴに、直立した二人は慌てたように口を開いた。
「あ、あの! ルーク様からご連絡をいただきまして、レイルズ様のお見舞いに行くところです!」
「その、勝手に階段を上がって良いのかと考えておりました!」
「ああ、あとで連絡しようと思ってたんだけどルークが言ってくれたんだな。ちょうど良い。それなら一緒に上がろう」
笑ったカウリがそう言い、二人を促す。
「ありがとうございます!」
声を揃える二人にヴィゴも笑って頷き、そのまま先に階段を上がった。
「あの、お持ちします!」
「いいって、ほら行くぞ」
やや小さい鞄を持っていたキムが慌てたようにカウリの持つ箱を持とうとしたが、首を降ったカウリは箱を抱えたまま階段を上がった。
顔を見合わせた二人がそれに続いた。
途中の踊り場で向きを変えてさらに階段を上がったところで、いきなり世界が変わった。
足元に敷かれていた絨毯が、分厚く見るからに高級なものに変わり、簡素な造りだった二階とは打って変わって、壁面は美しい木目の壁になっていたし、窓枠にも瀟洒な彫刻が施されている。
窓と窓の間には大きな季節の柄のタペストリーが掛けられているし、見上げた天井の梁までが二階とは全く違っていた。
「うわあ、本当に世界が違うよ」
「本当だな。本部の休憩室も素晴らしかったけど、これもすごい」
小さな声で顔を寄せる二人を、ヴィゴとカウリは面白そうに横目で眺めていた。
「ほら、ここがレイルズの部屋だよ。で、こっちがラスティの部屋だから、まあ先にこっちに声を掛けるべきだな。下で困ってたって事は、連絡せずに来たんだろう?」
笑ったカウリにそう言われて、揃って頷いた二人は簡単にルークから言われた話を伝えた。
「おお、そうなんだよ。まさにその話を昨夜一杯やりながら話してたんだ」
カウリは満足そうにそう言うと、ラスティの部屋を軽くノックした。
「はい」
すぐに返事があり、ラスティが顔を出す。
「レイルズに見舞客だよ。連れてきたからあとはよろしくな。んじゃレイルズによろしく」
にんまり笑ってそう言うと、カウリは箱を抱えたまま別の部屋へ行ってしまった。
「ありがとうございました!」
声をそろえる二人に、振り返ったカウリが箱を持った手を軽く上げて突然開いた扉から部屋に入って行った。
あれはマーク達もたまにやる。両手が荷物で塞がっている時に、シルフ達に扉を開けてもらう風の術の応用だ。
「どうぞこちらへ。レイルズ様が退屈しておられますので、ぜひ話し相手になって差し上げてください」
そう言いながら、妙に膨れた二人が持つ鞄を見る。
「もしやそれは、講義のための資料ですか?」
「は、はい。その、何か持って行ったほうが話題になるかと思いまして、その……」
「今後の講義の為の作りかけの資料を持って参りました」
「それは素晴らしい。気遣いに感謝します。何か必要な資料がありましたら何なりとお申し付けください。瑠璃の館や離宮ほどではありませんが、レイルズ様の部屋にもたくさんの本がございますので、どうぞご覧になってください」
にっこり笑ったラスティは、そのままレイの部屋の扉をそっとノックした。
「失礼します。レイルズ様、お見舞いの方がお越しですよ」
「お見舞い……? えっと、誰……?」
やや寝ぼけた戸惑うような声は、いつもの元気が全くなく、まるで別人みたいだ。
「レイルズ!」
心配のあまり、思わずいつものように呼びかけてしまい慌てて口を押さえる。
「マーク! キムも来てくれたの!」
一気に、いつものような元気な声になるのを聞き、二人の顔も笑顔になる。
「あの、お見舞いついでに資料作りを手伝ってもらおうかと思ってさ」
「持ってきちゃったんだよ」
ラスティに背中を押されて部屋に入ったところで立ち止まった二人は、誤魔化すようにそう言って揃って資料の束で膨れた鞄を見せる。
「もちろん手伝うよ。ほら、こっちに来て!」
ベッドに座ったレイが嬉しそうに手招きするのを見て、二人は一礼して恐る恐る部屋へ入って行った。
二人が部屋に入ったところで、ラスティはそのまま一旦下がって扉を閉めた。
「ようやく笑ってくださいましたね。さて、ではお茶の準備をしてきましょうか」
本日のお菓子を思い浮かべてどれを持っていくべきか考えながら、賑やかな笑い声が聞こえてきた部屋を振り返って満足そうに頷いたラスティだった。




