内緒の伝言
「あの後、どうなったんだろうなあ」
「そうだよなあ。気になるけどこっそりシルフを飛ばすのは駄目かなあ」
書きかけていた手を止めたマークの呟きに、同じく算術盤を弾いていたキムも手を止めて頷きながら応えた。
二人が話題にしているのは、当然レイルズの事だ。
朝練で、ヴィゴ様に一撃入れたのだと嬉々として教えられて驚きの声を上げたのは昨日の事だ。
しかしその後にマイリー様と手合わせをした際に、左足で思い切り横っ腹を蹴り倒されて、ハン先生が駆けつける騒ぎになったのだ。
どうやらかなり具合は悪かったらしく、その後の訓練には参加せずに休んでいたし、他の兵士達が言うには、その後食堂へ食事に来ている様子が一切無いのだという。
今朝の朝練には竜騎士隊の方々は誰も顔を出していなかったので、レイルズの様子を聞く事も出来なかった。
本人にシルフを飛ばせば簡単に分かるのだろうが、もしも本当に具合が悪くて寝込んでいて起こしたりしたら申し訳ない。
そう思って、迂闊にシルフを寄越すことも出来ない二人だった。
「こういう時は、彼とは身分が違うんだって思い知らされてる気がするなあ」
「確かにそうだよな。まあ勝手に心配してる分には迷惑にならないだろうからさ。明日いっぱい様子を見て、それでも出て来ていなければ一度シルフを寄越してみてもいいかもな」
レイと彼らとでは当然だがレイの方が精霊使いとしては上位になる。その為、彼らの方から今のレイルズの様子を勝手にシルフ達に確認する事が出来ないのだ。
「なあ、ラスティ様にシルフを寄越すのは駄目かなあ?」
「あ、それはいい考えかも」
顔を見合わせた二人は、それはそれは真剣な顔で頷き合って即座にシルフを呼ぼうとした。
その瞬間、目の前に並んだシルフ達を見て二人揃って飛び上がった。
これは彼らが呼んだシルフ達では無い。上位の伝言のシルフである事を考えれば、その相手は予想出来た。
『ルークだよ』
『二人とも今大丈夫か?』
しかし、当然のようにレイの名前を呼ぼうとしていた二人は、先頭のシルフの言葉と同時に立ち上がって直立した。
『ご苦労さん休んでくれていいぞ』
笑ったその言葉に、休めの体制になる。
『レイルズの事気にしてるんじゃないかと思ってね』
『一応その後の報告だよ』
目を見開いた二人は、揃って直立してシルフに向かって敬礼した。
『だからそんなに畏まるなって』
『それでレイルズの怪我だけど』
『肋が二箇所ヒビが入ってるそうだ』
『一応三日間安静にするように指示された』
『だけど今の様子を見るとまだしばらくかかりそうだな』
『朝練も当分参加出来そうにないよ』
「そ、それはかなり重症なのでは?」
マークが思わずそう言って、慌ててまた直立する。
『まあ肋だから用心してる部分はあるよ』
『それより本人がずいぶんと凹んでいてね』
『俺達だって肋や鎖骨くらいは何度もやってるって言ったんだけど』
『どうにも元気が無くて困ってるんだよ』
苦笑いするルークの寄越したシルフの言葉に、二人は困ったように顔を見合わせた。
「確かにレイルズ様が骨まで響くお怪我をなさるのは初めてですね」
「打ち身でどこかが痛いって話は確かに訓練所で何度か聞いたことがあるけど、言われてみれば骨をやるのは初めてだな」
納得したマークがそう言って何度も頷き、その隣ではキムが小さな声でそう呟いて慌てて口元を押さえていた。
そのキムの声も聞こえていたルークだったが、それを咎める事もなく小さく笑って頷く。
『そうなんだよ』
『それで君達にちょっとお願いがあってね』
「はい、なんなりとお申し付けください!」
また直立する二人に、ルークのシルフが笑う。
『忙しいとは思うんだけどさ』
『手の空いた時でいいから』
『本部の兵舎のレイルズのところへ』
『顔を見せに行ってやってくれるか』
『お前らも怪我の一つや二つ経験があるだろう?』
『出来たらそれを話してやって欲しいんだよ』
出来れば顔を見て話しがしたいと思っていた二人にとっては、これは渡りに船の提案だ。
「了解しました! ですがあの……」
「兵舎のお部屋へ押し掛けてもよろしいのでしょうか?」
今までは彼と本部で会う時は、必ず休憩室か事務所などので会っていたので何となく自室には行ってはいけないと思い込んでいた二人だ。
『もちろん構わないよ』
『実を言うと君達から一言も連絡が無いって言って』
『拗ねてるみたいだってラスティから聞いてね』
『多分気を遣ってるんだろうとは言っておいたんだけどさ』
『拗ねすぎてこじらせる前に早めに連絡した方が良いと思うぞ』
呆れたようなその言葉に、二人は揃って顔を覆った。
「ほらみろ。妙な遠慮なんかせずにシルフを飛ばして良かったんじゃん!」
「そっか、飛ばして良かったんだ」
顔を見合わせて大きなため息と共にそう言い、また慌てて直立する。
見ると、ルークのシルフは遠慮なく吹き出して大笑いしていた。
『やっぱりそうか』
『じゃあ伝えたからな』
『ラスティには伝えてあるから』
『何なら予告無しに部屋に突撃してくれても良いぞ』
『お菓子も本も山ほどあるから』
『何なら資料を持って行って』
『二人の仕事を手伝わせてやってくれ』
「よろしいのですか!」
驚くマークに、ルークのシルフは大きく頷いた。
『もちろん無理に動いたりするのは駄目だけどさ』
『算術盤を使ったり資料を読み直す程度は出来るだろう?』
『必要なら執事を寄越すから』
『荷物運びを手伝わせて良いぞ』
『それじゃあよろしくな』
驚きに目を見開く二人に、もう一度吹き出したルークのシルフはそのまま手を振ってくるりと回っていなくなってしまった。
誰もいなくなった机の上をしばらく呆然と眺めていた二人だったが、慌てたように同時に動き出して机の上に散らかる資料の整理を始めた。
それから、二人揃ってそれぞれ大きな鞄に資料の束を突っ込み始めたのだった。




