心配とおやすみなさい
「お疲れ様です」
「お疲れ様っす」
午前中の会議を終えて事務所に戻ってきたマイリーとヴィゴを見て、それぞれの仕事をしていたルークとカウリが、書類を書く手を止めて顔を上げた。
「ああ。それでレイルズの具合はどうだって?」
会議の書類を机に置いたマイリーが、ルークを振り返ってそう尋ねる。
「折れてはいませんが、やはり二本にヒビが入っているそうです。初めての骨折でかなり凹んでるらしいですよ。後でちょっと顔を出して慰めておきます」
「悪い事したなあ、あそこまでやるつもりは無かったんだけどなあ」
レイの骨折箇所を押さえて苦笑いしたマイリーが、椅子に座りながらそう呟いて肩を竦める。
「まあちょっと大人気なかった気はしますけど、だけどあれって、割と本気で反応したでしょう?」
何やら言いたげなルークの視線に、マイリーが小さく笑って頷いた。
「そうだよ。本気で相手をしなければ吹っ飛ばされてたのは俺の方だったろうな。いやあ、あいつの成長には本気で驚かされるよ。ヴィゴとも言ってたんだが、確かに彼はヴィゴのような力で他を圧倒する戦士ではなく、力と素早さの両方を兼ね備えた万能型の戦士になりそうだな」
「マイリーと同じですね」
頷くルークに、マイリーは真顔で首を振った。
「素質としては恐らく俺よりレイルズの方が遥かに上だよ。あとの心配は、彼の性格的な部分だな。竜騎士の剣は飾りではない」
マイリーの言いたい事を理解している全員が真顔になる。
「あいつは優しすぎるよ。仲間内でその優しさを分けているのなら大いに結構だが、彼は下手をするとその優しさを敵にまで向けかねん。それは決してあってはならないからな」
マイリーの呟きに、全員が真顔で頷いたのだった。
自分達が背負っている責任の重さを理解している彼らは、すでにレイが竜騎士になったあとの心配をしている。
今は平和が続く国境地帯だが、タガルノは過去にも何度も態度を急変して奇襲をかけて来ている。
この平和がいつまでも続くなんて、誰も信じていない。
大爺が言っていた、いずれ来る嵐がどれほどの規模になるのかは分からないが、実戦は経験してみなければ分らない事が多いのも事実だ。
いざその時に駄目でしたとならないように、ありとあらゆる事態を想定して、出来る限りの知識と体験談を彼に教えておくのはここにいる彼らの仕事なのだ。
「まあ、午後からレイルズのところに顔を出したら、お前らの怪我の体験談でも聞かせてやってくれ。皆色々やらかしてるからな」
何となく重くなった気分を変えるように、マイリーが軽い口調でそう言って肩を竦める。
「一番の重症患者が何か言ってるぞ」
笑ったヴィゴの呟きに、揃って吹き出し顔を見合わせて大笑いになったのだった。
「良いんですよ。死ななきゃ全部笑い話です」
笑ったルークの呟きに、マイリーも笑って同意するように何度も頷いていたのだった。
一方、レイは結界に囲まれた静かな部屋のベッドの中で、そんな皆の心配など露知らず、癒しの歌とブルーが定期的に行ってくれる癒しの術のおかげで大きな痛みもなく気持ち良く眠っていた。
ラスティも特に部屋に入ってくる事もなく、昼食の時間が過ぎてもまだ熟睡していたのだった。
「ラスティ、レイルズの様子はどう?」
昼食を食べ終え、事務作業が一段落したルークとカウリが、部屋を訪ねてきた。
しかし直接彼の部屋に入る事はせずに、先にラスティの部屋に顔を出して様子を尋ねたのだ。
「何度か覗き窓から確認しておりますが、すっかり熟睡なさっておられますね。昼食が届いているので、どうしようか考えていたところです」
「ああ、眠れてるならそれが一番だよ。じゃあ大丈夫かな?」
ルークがそう呟いて、壁面に取り付けられたごく小さな窓の一つに顔を寄せた。
そこからレイの部屋の様子が見えるようになっていて、ちょうど眠っているベッドが見える場所になっている。
ちなみに、部屋の中からは覗き窓の位置には小さな額縁が飾ってあり、恐らくレイはそこから見られている事に気付いていないだろう。
しかし、覗き窓から部屋を覗き込んだルークが見たのは、レイのベッドの枕元に立ってこっちを見て、大きくばつ印を作って首を振っている大きな何人ものシルフ達の姿だった。
「起こしちゃ駄目ってか」
笑って小さくそう呟くと、シルフ達が揃って大きく頷いて頭上で大きく丸印を作って見せた。それから口の前で指を立てて見せる。
「はいはい、静かにするんだな」
もう吹き出しそうになるのを必死で堪えたルークは、小さく深呼吸をしてからラスティを振り返った。
「熟睡してるから起こすなって、シルフ達に叱られましたよ。食事は起きてからで良いみたいですね。とりあえず今は好きなだけ眠らせてやってください。体の回復には眠るのが一番ですから」
「おお、そうなのですね。了解しました。ではお食事は目が覚めてからお持ちする事にします」
ワゴンに用意されていたミルク粥を見て、小さく笑ったルークはそっとそのお皿に手をかざした。
心得たウィンディーネが一人現れてお皿の縁に座る。
「悪いけどしばらくラスティが用意する料理の面倒を見てやってくれるか」
『了解了解』
笑って頷くウィンディーネをそっと撫でてから、ルークとカウリは事務所へ戻って行った。
カーテンが閉じられ薄暗くて静まり返った部屋の中では、熟睡するレイのゆっくりとした穏やかな寝息が聞こえていたのだった。




