実戦形式での手合わせ
「キルート、凄い……今何が起こったの? 本当に、全く見えなかったよ」
座り込んで震えながらも、レイの目はキラキラと輝いてキルートを尊敬の眼差しで見つめている。
「お分かりになりましたか? 実際の戦闘は、特に私が担当している護衛任務の場合、これくらい瞬時に勝敗が決する事が殆どですよ」
当然のようにそう言って笑うキルートを、レイは立つ事さえも忘れて尊敬の眼差しで見つめていた。
「おやおや、もう終わりか?」
「何だよ、もうやられてるじゃないか」
その時、笑った声が聞こえてルークとヴィゴが入ってくるのが見えてレイは声を上げそうになった。何しろ二人とも白服を着て手には木剣を持っているのだから、彼らが何をしにここへ来たのかなんて考えるまでもない。
まだ震えている足を叱咤して立ち上がったレイは、大急ぎで取り落とした木剣を拾った。
「おや、ベルトをしてるって事は……もしかして本気でやりあった?」
ルークがレイがしてるベルトに気が付いてキルートにベルトから剣を抜く振りをしながら尋ねる。ヴィゴも驚いたように、ベルトをしたレイを見ていた。
「ちょっと実践形式の速さをレイルズ様に見せて差し上げました。ですがさすがにまだ、あの速さに全く反応出来ませんでしたね」
「あはは、そりゃあ無茶をする。キルートに本気でかかられたら、俺でも防ぎ切れないって」
肩を竦めるルークの言葉にレイは驚きに目を見開いてルークを見て、それからキルートを振り返った。
「ねえヴィゴ。それなら後で、キルートと本気で打ち合って見せてくださいよ。貴方とキルートの手合わせだったら、レイルズだけじゃなくて俺も見てみたいです」
「お願いします!」
ルークの言葉の意味を理解したレイも、身を乗り出すようにしてヴィゴを見つめている。
無言で目を見交わしたヴィゴとキルートは揃って苦笑いをして頷き合い、それを見たレイとルークは歓声を上げて手を叩き合って大喜びしていた。
「それならちょっと、身体を解すから待ってくれ」
ひとまず木剣を壁に立てかけたヴィゴがそう言って、その場に座って柔軟体操を始める。
ルークが駆け寄り、レイとキルートも加わってしっかりと身体を解したのだった。
その後はルークとヴィゴが棒で軽く手合わせをして身体を慣らしてから、改めて待っていたキルートと並んで前に進み出た。
「其方と本気の手合わせは久し振りだな」
腰に巻いた太いベルトに木剣を差し込みながら、にんまりとヴィゴが笑う。
「そうですね。お手柔らかに願いますよ」
軽く木剣を振ってから腰のベルトに差し込んだキルートが、ゆっくりと少し下がってヴィゴと向かい合わせになって立つ。
「ほら、お前はここだ。瞬きせずにしっかり見てろよ」
手招きされて、レイはルークと並んでヴィゴ達の横へ回った。
向かい合わせになる二人から少し離れた場所に二人が並んだのをヴィゴとキルートは横目で確認した。
それぞれ、ゆっくりと息を吸って吐く。
手は自然に垂らしたままで構えは無い。しかし、視線は互いを捉えたまま動かない。
しばしの沈黙の後、いきなり動いたのはキルートだった。
半歩前に進み出た瞬間に腰の剣を抜き、下から掬い上げるようにしてヴィゴに向かって斬りかかった。
当然即座に反応して木剣を抜いたヴィゴが、下から切り込まれる剣を上から叩きつけるようにして払いに行く。
甲高い音がして木剣同士が打ち合わされる。
「やるな!」
ヴィゴの呟く声と、キルートが前に出るのは全くの同時だ。
そのまま更にヴィゴが一歩後ろに足を出して下がり、木剣を構えたまま足でキルートを横から蹴り上げたのだ。
勢い余って横っ飛びに吹っ飛ぶキルート。
レイの悲鳴とルークの呆れたような声が聞こえるのも同時だった。
しかし、キルートはそのまま左手を床に手をついて、倒立のままで一回転して即座にそこから離れた。
「隙あり!」
それを追ったヴィゴが大上段に構えてキルートに向かって打ち下ろしに行った瞬間、床を蹴ってヴィゴの懐に一気に飛び込んだキルートの木剣が喉元に突きつけられる。
「そこまで!」
ルークの大声が第二訓練所に響き渡る。
即座に動きを止めた二人。
レイの悲鳴のような歓声がそれに続いた。
ヴィゴとキルートは、それぞれ互いの木剣を相手の喉元と額の真ん中へ向かって突き出した位置で止まっていて、そのそれぞれの切っ先は、まさにあと数セルテの位置でぴたりと留められていた。
しばしの沈黙の後、二人が同時に剣を引く。
それから揃って大きなため息を吐いた。
「相変わらずだなあ。其方の動きは、本当に、読めぬ。何故、あの位置から、ここまで一気に飛び込む事が出来るのだ」
床に突き立てた剣に寄り掛かるようにして息を整えながら、半ばあきれたような口調でヴィゴがそう言って床に座り込む。
「ヴィゴ様こそ、相変わらず一撃がとんでもなく重いですよ。それだけの力であの素早い動きが出来るのはおかしいです」
こちらも一気に吹き出した汗を拭いながら、床に膝をついた状態で木剣に寄りかかって乾いた笑いをこぼすキルート。
二人は互いの顔を見合わせて、それから同時に吹き出して笑い合った。
「いや、なかなかに良き勝負だったよ」
「そうですね。今回は残念ながら引き分けといたしましょう」
「おう、次は負けぬぞ」
「こちらこそ。いつなりとお呼びいただければ参りますので」
笑って互いの拳をぶつけ合う二人を、レイは呼吸も忘れて見とれていた。
「凄い……ヴィゴも、キルートも、凄いとしか言えないけど……本当に、凄かった……」
半ば無意識で何度もそう呟くレイの肩の上には、同じく二人の立ち会いを真剣に見ていたブルーのシルフとニコスのシルフ達が並んで座って、真剣な顔でレイの言葉に何度も頷いていたのだった。




