お休みの日の過ごし方
「えっと、午後からは何か予定ってあるんですか?」
本部の兵舎の自分の部屋に戻ったレイは、剣をいつもの剣立てに立て掛け、剣帯を外して上着を脱ぎながらラスティを振り返った。
確か、午前中はゆっくりしてくれていいと聞いているが、今日は夜会の予定など何かあるのだろうか?
「いえ、今日のところは特に何も聞いておりませんね。明日は夜会の予定が入っておりますので、竪琴の演奏をお願い致しますとの事です」
「はあい、了解です」
笑顔のラスティの言葉に返事をして脱いだ上着を渡したレイは、ソファーに座ってブルーのクッションに抱きついた。
ラスティがお茶を用意してくれるのを見ながら小さな欠伸をする。
「今日はお疲れでございましょう。どうぞごゆっくりお休みください。お茶が足りなければいつでもお申し付けください。お菓子は、本日届きました新作のクッキーの盛り合わせをどうぞ。追加も置いておきますので、足りなければこちらからお取りください」
そう言いながらカップをレイの前に置くと、クッキーを盛り合わせたお皿を横に置いて追加のクッキーが入った瓶も置いてくれた。
新作のお菓子と聞いて笑顔になるレイを見たラスティは、笑顔で一礼すると控えの部屋に下がって行った。
「ありがとうね。いただきます」
嬉しそうにそう言って、ナッツがぎっしりと散りばめられている大きめのクッキーを齧りながら肩に座っていたブルーのシルフを振り返った。
「うん、美味しい。えっと、じゃあ午後からは離宮へ行ってこようかな。久し振りにブルーに会いたいや」
『おや、そうなのか? では一度戻ると致そう』
それを聞いて笑ったブルーの言葉にレイは目を瞬かせる。
「戻る? あ、そっか。もしかしてどこかへお出掛け中?」
確か竜の面会が終わったら、一度この国の中を実際に行って見て回るのだと言っていたのを思い出した。
『ああ、昨日はグラス湖にいたぞ』
聞き慣れない名前を聞いて目を瞬いて少し考えたレイは、頭の中でファンラーゼンの地図を思い出して納得した。
「えっと、グラス湖って確か、東の交差点のバーグホルトの南側にある大きな湖だったよね?」
『よく出来ました。その通りだ。かなり大きくて深い湖だよ。大河リオ川から分岐したもう一つの大河リグラス川の終着点でもある』
「へえ、そうなんだ。あれ? でも川の水がどんどん湖に流れ込んだら、グラス湖の水はあふれちゃうんじゃないの?」
不思議そうなレイの質問に、ブルーのシルフは優しく笑って首を振った。
『湖からは小さな川が幾つも四方へ流れ出しているよ。しかし、湖に流れ込んだ川の水の大半は、ウィンディーネ達が湖底を通じて地中に送り水量を常に調節している。地下に送られたそれらは、遥かに深き場所にある多くの水脈へと繋がっておる。その地下水脈はロディナをはじめとした広大な農地や様々な場所で井戸の水源となり、大地や人々を潤す貴重な水となっておる。それから竜の背山脈で湧き出し合流して小川となって流れ下り、やがてまた大河の水に戻る。また時には霧となって周囲に雫を散らす。そうやって水は常に形を変えて世界を巡っているのだよ』
優しいブルーの言葉に、レイは感心したように何度も頷く。
「へえ、そうか。湧き水だって井戸の水だって、どこかの水脈から湧き出ているわけで、その水脈だって勝手に水が湧いて出るわけじゃないんだよね。確かに考えてみたらその通りだね。へえ、凄い。じゃあウィンディーネ達が出してくれる水も、そうやって巡り巡って形を変えて届けられた水なんだね」
無邪気に感心するレイの様子に、ブルーのシルフは大きく頷いて面白そうに笑った。
『ああそうだよ、そしてその水の営みの一翼を我も担っておる。水の流れについては季節や気候等々、その時々で整い方が全く違う故、色々と苦労が絶えぬ。だが、それが面白くもあるのだよ』
「へえ、ブルーは凄いね。さすがだ」
嬉しそうなレイの言葉に、ブルーのシルフが胸を張る。
『今やっている結界の確認作業が終われば、そのまま南下してグラスミアやクームスの辺りを周り、その後は南側の国境地帯まで行って様々な事をこの目で確認してくる。山側にあるエケドラの彼らの様子も、直接は見ぬが彼らを見守るシルフ達から様子を聞いて来てやる故、楽しみにしていなさい』
突然の言葉に目を見開いてブルーのシルフを見つめる。
笑って頷いてくれたのを見て、うっすらとレイの目に涙が浮かぶ。
「うん、そうだね。きっと真面目に働いて、ワインの元になるブドウの世話をしてくれているんだろうね」
小さくそう呟き、またクッキーを齧る。
「美味しい。好きなだけ、いつでもこうやって何でも食べられる事にも感謝しないとね……」
手にした半分くらいになったクッキーを齧りながらそう呟いたレイは、大きく深呼吸をしてからカナエ草のお茶をゆっくりと飲んだ。
「僕には何が出来るかなあ。まだまだ出来ない事ばっかりだよ。もっともっと、色んな事を頑張らないとね」
ため息と共にそう言って自分を見つめるブルーのシルフにそっとキスを贈ると、誤魔化すように小さく笑って二枚目の更に大きなクッキーを手に取り一気に齧り付いた。
『大丈夫だよ。其方は充分に頑張っておるさ。もっと自信を持って堂々と胸を張ると良い。我は其方がどれだけ頑張っているか知っているよ』
優しいその言葉に照れたように笑って小さく頷いたレイは、誤魔化すようにバリバリと大きな口を開けて大きなクッキーを齧り、残りのお茶を飲み干したのだった。
ラスティと一緒に食堂へ行って昼食を食べた後、午後からはレイは部屋で竪琴の練習をして過ごした。
定期的に届けられる沢山ある新しい曲の譜面を散らかして確認しながら、一生懸命新しい曲を練習するレイの周りで、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が飛び回っては次に弾く弦の箇所を教えてやったり、時に爪弾くその音にうっとりと聞き惚れたりして一緒に楽しく午後のひと時を過ごしていた。
呼びもしないのに勝手に集まってきたシルフ達も好きにあちこちに座って、レイの奏でる竪琴の音にうっとりと聞き惚れていたのだった。




