石像と花の鳥の細工
「あの……もう、大丈夫です……」
ようやく涙は落ち着いたが、レイは、今度は恥ずかしくて顔が上げられなかった。
「そうですか?では、私は失礼しますね。貴方のこれからの人生に幸多からん事を。常にお母上は側におられますよ」
巫女は、そう言ってレイの額にキスをすると、ニコスとギードに軽く会釈して去って行ってしまった。
「おお、お礼もせぬ間に行ってしまわれたぞ」
「ああ、何て事だ。お礼どころか……お名前もお聞きせぬままだぞ」
呆気に取られて見ていた二人が、ようやく我に返り慌てていると、一連の騒ぎを見ていた参拝者と思しき年配の男性が、横から声を掛けてくれた。
「あの女神像は、かなり昔の名のあるドワーフの作だと言われてましてな。不思議な事に、今のその子のように、お母上を亡くされた子の多くが、その像の中に母を見るのです。泣き出す子や、そこから動けない子も多くおりますぞ。我らも出来るだけそのような子には、優しく接するように心掛けております。良かったな坊や、お母上に会えて」
レイはそれを聞いて納得したように、もう一度女神像を見上げた。しかし、今度は普通の女神様のお顔に見えた。
「うん、嬉しかった。でも、こんなに泣き虫だと、母さんに笑われてるかも」
恥ずかしそうに小さな声で言うレイに、男性は笑って大きな手で頭を撫でてくれた。
「元気出しなされよ、坊や。生きてさえいれば……生きてさえいれば、どんな辛い事だって、いつかは笑い話になる。お前さんが大きくなって親になる頃には、きっとまた女神様も、違うお顔を見せてくださるよ」
笑って手を振る男性に礼を言って、その場を去った三人は、目的地である花の鳥の細工物作りをやっているという別館へ向かった。
受付で三人分の申し込みをして、料金を聞くと、御心ばかりで構いませんと笑って言われてしまった。
机の上には、小さな木製の箱が置いてあり、蓋に細い穴が空いている。どうやら、ここにお金を入れるらしい。
ちょっと考えたレイは、自分のベルトに付けた鞄からお金の入った袋を取り出して、銅貨を五枚、取り出して目の前にあった箱の中に入れた。
ニコスとギードはお互いの顔を見て、それぞれ金貨を取り出して箱に入れた。驚いた受付の巫女が、慌てたように投票券を一掴み渡してくれた。
嬉しそうに笑ったレイがそれを受け取って、巫女に会釈して中に入る。
入り口横に置かれた机に、色とりどりの花の入った籠が幾つも並べて置かれていた。
「どれでもお好きな籠を選んで、こちらへどうぞ」
声を掛けられて、それぞれ好きな籠を選んだ。
机の上には、小さな木製の鳥の頭とハサミ等が置いてあり、作るものは、花束かブローチのどちらかを選べるようになっている。
「僕は花束かな?」
「じゃあ、俺はブローチにしてみるよ」
「なら、ワシは花束にするぞ」
相談しながら使う鳥の頭を選んでいると、机に巫女が来てくれた。
「それでは始めましょうか。よろしくお願いします」
顔を上げたレイと、巫女が同時に声を上げた。
その巫女は、先ほど泣いていたレイをあやしてくれたあの巫女だったのだ。
「まあ、来てくださったんですね。ありがとうございます」
嬉しそうに笑うと、レイの隣に座って作り方の手順を丁寧に教えてくれた。
その巫女はよく見ると、恐らくレイとさほど歳の変わらないであろう若い女性だった。
鳥の胴体にする花のまとめ方や、ブローチにする為に、花をバラバラにして針と糸を使って組み立てるやり方など、初めてする作業に、レイは興味津々だった。
「難しいけど、面白いな。これ、森の花でも出来るんじゃないか?」
「そうじゃな。野の花でするとまた違ったのが出来そうじゃ」
初めは照れて誤魔化すようにしていた大人二人も、初めてする作業が面白くて楽しくて、すっかり笑顔になっていた。
さすがに器用なニコスの作品が、一番最初に出来上がった。その素晴らしい出来栄えに、机に置いていると、周りに見物人が何人も来たほどだった。
レイとギードは、ほとんど同時に出来上がった。
「ギードの鳥さん、ちょっと太めさんだね」
「言わんでくれ。ワシもそう思ったが、やり直す余裕はなかったんじゃ。レイの鳥さんは中々可愛く出来たな」
お互いの出来栄えを見て、感想を言い合っていた。
「皆様、上手に出来ましたね。それでは本日は神殿にお越しくださり有難うございました。また、ご縁がありましたらお会いしましょう」
立ち上がった巫女に、ニコスが声をかけた。
「巫女様、先程は大変失礼をいたしました。お陰でこの子の機嫌もすっかり直りました。よろしければお名前を教えてはいただけませぬか?」
ニコスの丁寧な礼に、巫女は笑顔になった。
「お役に立てたなら良かったです。私はクラウディアと申します。この神殿に入ったばかりの新米の巫女でございます。まだまだ分からない事ばかりで、皆様に迷惑ばかりかけております」
まさに花の綻ぶような笑顔でそう答えると、レイの頭をそっと撫でてくれた。
「そうでしたか。クラウディア様、どうぞこれからの益々のご活躍をお祈りいたします。本当に有難うございました」
ニコスはそう言って両手を合わせて握ると、額に当てて片膝をつき礼をする。二人もそれに倣った。
正式な挨拶に、慌てたように巫女も返礼を返した。
「ご丁寧な感謝を有難うございます。どうか皆様にも祝福を」
そう言って、胸元のペンダントを手に三人の頭の上に祝福の印を切り、手元の聖水を散らした。
「まあまあ、ご丁寧な感謝と、沢山のご寄付を有難うございます」
それを見ていた他の巫女たちも側に来て祝福の印を切ってくれた。
もう一度礼を言って、三人は神殿を後にした。
「さてと、花の鳥もうまく出来た事だし、宿に戻って荷造りして、最後の投票をして帰るとするか」
「すごく楽しかったよ。タキスにお土産が出来たね」
ポリーの背で作った花束を手に、そう言って笑うレイもご機嫌だった。脇腹の打ち身がかなり痛むのは、気にしない事にした。
途中、薬屋の前を通った時、ニコスが立ち止まった。
「レイ、脇腹の打ち身、痛いんだろ? ちょっと待っててくれ。痛み止めを買ってくるから」
そう言って、ギードに手綱を渡すと、止める間も無く店の中に入って行った。
「大丈夫なのに……」
「そうは見えんから言っとるんじゃ。我らの目を誤魔化せると思うなよ。脇腹を庇っとるのは分かっとるわい」
真顔のギードにそう言われてしまい、レイは返す言葉が無かった。
「言ったであろう? 痛い時には言ってくれと」
ため息を吐いて、ギードはポリーの背に乗ったレイを見上げた。
「どれほど心配しても、怪我と病気だけは代わってやれぬ。頼むから、無理な我慢はせんでくれ。良いな」
「ごめんなさい」
しょんぼりしたレイがそう言うと、ギードは笑ってレイの足を叩いた。
「覚えておきなされ。こう言う時は、謝るんではなくてこう言うんじゃ。ありがとう、とな」
片目を瞑って笑いながら言うギードに、レイは笑って頷いた。
「うん、ありがとうギード。実はちょっと痛かったの。でも本当に大丈夫だよ。これを作ってる時は、痛いの忘れるくらいだったもん」
「そうか。まあそれなら大丈夫かの?」
それを聞いたギードが少し安心して笑っていると、包みを持ったニコスが、店から出て来た。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
包みをポリーの籠に入れると、三人は荷物を整理するために宿屋に戻った。
「お帰り、色々届いてるぞ」
宿に戻った一行を出迎えてくれたバルナルが、笑って食堂に案内してくれた。
前回も食べたバターケーキと飲み物をそれぞれに頼んだ。
「はい、お待たせ」
バルナルが持って来てくれたバターケーキには、鮮やかな色の花のジャムが添えられていた。
「花祭りの期間中限定の、花のジャムのバターケーキだよ。ケーキの中にも、花の種が入ってる」
レイの前には、ベリーのジュース、二人はミントの紅茶だ。
「それじゃあごゆっくり。荷物を積む時は、言ってくれよな」
ギードの背を叩いて、バルナルは奥へ戻って行った。
「綺麗、お花のジャムって初めてだ」
一口食べてみて、レイは美味しさに目を見張った。初めて食べる花のジャムは、ほんのりとした酸味と優しい香りと甘みが素晴らしかった。小さな種が入ったバターケーキとの相性も抜群だ。
「これ、美味しいね」
満面の笑みのレイに、二人も大きく頷いた。
「ほれ、しっかり食べなされ」
「そうだぞ、しっかり食べろよ」
笑った二人が、大きくケーキを切ってレイの皿に乗せてくれた。
満面の笑みで大きな口を開けて食べるレイを、笑った二人は、お茶を飲みながら目を細めて見ていた。
休憩を終えた三人は、届いた荷物と買った荷物を、クルトの手も借りて順番に荷馬車に積み込んで行った。
「ほら、これが頼まれてた晩飯だよ。暑い時期だから、焼いた鳥と茹でた芋、それからサラダだ。こっちは発酵済みのパン、そのまま焼けるからな」
大きな包みを二つ持って来てくれたバルナルに礼を言って、晩御飯はポリーの籠に乗せた。パンの入った包みの上には、レイとギードの力作が乗せられた。ニコスの力作は、レイの胸元に小さなピンで留められていた。
「バルナル、すまないがレイの湿布を変えてやりたいんだ。ちょっとだけ部屋を借りれないか?」
ニコスが、先ほど買った薬屋の包みを手に、バルナルにそう言った。
「ああ、構わないよ。こっちの部屋を使ってくれ」
レイが怪我した事を聞いていたバルナルは、ちゃんと湿布を変えるための小部屋を用意してくれていた。部屋には、桶に入ったお湯と手拭き布まで用意されていた。
「忙しいのにすまない。レイ、おいで、湿布を変えよう」
案内された部屋で、ブローチを傷めないようにそっと服を脱いだレイを見て、ニコスはまた顔をしかめた。
「また痣が大きくなってる。これは、帰ったらタキスに早々に診てもらわないとな」
手早く湿布を剥がし、患部を拭いてから新しい湿布を順に貼っていく。
「うひゃ、冷たい!」
湿布を貼られた瞬間感じた冷たさに、変な声が出た。
それを見たニコスは、笑いながら包帯を巻き、足にも同じように湿布を貼って包帯を巻いた。
「これで良し、もう服を着てもいいぞ」
「うわあ、ジンジンして来た」
服を着て、ちょっと肩を回してみる。貼ってもらった湿布のところは冷たくてジンジンするが、でも確かに、痛みも引いてきたみたいだ。
「ジンジンしてるって事は、効いてる証拠だな」
そう言ったニコスが残った薬を片付けて、二人は部屋を出た。
「バルナル、ありがとう。使わせてもらった湯桶は、部屋に置いてあるから」
店にいたバルナルに声をかけてから、厩舎のギードのところへ向かった。
丁度荷造りが終わったらしく、荷物に大きな布をかけている所だった。
「お、どうだ? 大丈夫だったか?」
「痣がまた少し大きくなってた。戻ったら真っ先にタキスに診てもらわないとな」
「でも、新しい湿布のおかげで、痛くなくなったよ」
慌てて言うと、二人は苦笑いして頭を撫でてくれた。
「さてそれでは帰るとするか」
御者台にギードが座り、その横にリュックを背負ったレイが座る。
見送りに出てきてくれたバルナルとクルト夫妻に、レイは笑って手を振った。
「美味しいご飯とステキなお部屋をありがとうございました。花のジャムも、とっても美味しかったです」
「それじゃあ、道中気をつけて。秋にはまた元気な顔を見せてくれよな」
笑顔の三人に見送られて、荷馬車は道路に出た。
「さてと、まずは街を出るのが一苦労じゃな」
道路いっぱいの人混みを見て、ギードがややうんざりしたような声で言った。
「ゆっくり行こうよ。ほら、お花が新しくなってる」
レイが指差す大きな家の門柱には、来た時とは違う花が飾られていた。
「成る程、そう思えばこの遅い道中も、腹が立たぬな」
ギードが笑ってそう言うと、レイの頭を撫でた。
「ものの考え方一つで、同じ事でも、腹を立てる事も有れば、楽しむ事も出来る。レイに教えられたな」
ニコスもそう言って、大きく頷いた。
特設会場には、荷馬車は近寄れなかったので、ニコスが代表して歩いて行き、三人分の投票を済ませて来た。
「今日の結果はどうだった?」
レイが尋ねると、ニコスは笑ってバルテンの動く鳥が一位を独走中だと教えてくれた。二位はレイのお気に入りの親子の花の鳥らしい。
「秋に買い出しに来た時に、結果がどうなったか聞かねばな」
ギードの声に、レイも頷いた。
動き出した荷馬車の縁や、レイの帽子の先には、シルフ達が暇そうに並んで座っていた。




