多面打の結果と本読みの会の終了
「ええと、次にこっちに攻められたらこっちから女王で防御する。もしもこっちを攻められたら……」
レイは、既に終盤に差し掛かって少なくなってきた盤上の駒を見ながら、ティミーが戻って来るまでの間に必死になって次の手を考えてはその対処法を考えていた。
普段ならこんなにゆっくり考える暇は無い。
どんどん打たれる手に対して即座に対応を考えて打たなければならない。ある程度考える時間はもらえるが、一回の手であまり長く考えるのは失礼とされているからだ。
しかし、さすがに四人同時に相手をするのはティミーにも難しかったらしく、中盤以降はかなりゆっくり時間をかけて回って来ているので、かなり苦労しているであろう事が伺えた。
しかし、それぞれとほぼ対等に打ち合っている時点でどれだけ凄いか考えてレイは密かに感心していたのだった。
「ティミーは凄いよね。僕はこんなの絶対に出来ないと思うなあ」
小さなため息を吐いてそう呟いたレイは、もう一度盤上の駒を睨みつけて、次に攻められるとしたら何処なのかをまた必死になって考え始めた。
「うう、やっちまった!」
隣でティミーと打ち合っていたロベリオの叫びと、揃って吹き出す大人組の声。そして手を叩いて飛び跳ねながら自分の前に進んで来たティミーを見てから、隣の盤上を覗き込んだ。
「うわあ、終わってる!」
思わず叫んだレイの言葉に、後ろで見ていたマイリー達大人組がまたしても揃って吹き出す。
「確かに今のはまずい手だったなあ」
「これはちょっと軽率な手だったな。指導者の立場無し!」
顔を覆って背もたれに倒れ込んだロベリオを見て、ヴィゴとカウリが呆れたようにそう言い合って頷いている。
レイの前に立ったティミーが、それを聞いて嬉しそうに笑う。
「よし、これで三対一ですね」
「が、がんばろうね!」
タドラの声に、レイも引き攣ったように笑いながら大きく頷いた。
「せめて、みっともない負け方はしないように頑張ります!」
「待てレイルズ。負けるの前提かよ」
腹筋だけで起き上がったロベリオの言葉に、今度は全員揃って吹き出してその場は大爆笑になった。
「うう、レイルズにみっともない負け方って言われた……」
クッションに突っ伏したロベリオが、泣くふりをしながら情けなさそうな声でそう呟き、マイリーとルークの二人から左右同時に頭を叩かれる。
「あれがみっともない負け方以外の何だって言うんだ? おいおい大丈夫かぁロベリオ君よ、指導者の面目丸潰れだなあ」
からかうようなルークの言葉に、もう声も出ないロベリオ。
「でも僕も駄目かも」
その隣では、ティミーが打った手を見てレイがため息と共にそう呟く。
盤上では、ニコスのシルフ達が呆れたように笑いながら、次の手を教えてくれている。
彼女達が口を出し始めたと言う事は、もうほぼ負けが決まった状態と言う事で、レイにもそれは十分に理解出来た。
「ああ、これで二対一だな」
もうほぼ負けが確定した盤上を見て、ルークも笑いながらそう言って呆れ顔だ。
「ですよね、もうこれあと数手で確実に終わりますよね」
顔を覆ったレイの呟きに、ブルーのシルフも苦笑いしていた。
結局、タドラとは引き分け。かろうじてユージンが最後は潰し合いに持ち込み、ギリギリで勝ちを収めて終了となった。
「二勝一敗一引き分けか。多面打ちが初めてにしてはなかなか健闘したなあ」
「ですよね。途中で混乱して盤が混じるかと思いましたけど、最後までしっかり攻めていた。いやあ、これは素晴らしい」
腕を組んで感心しているマイリーの横で、ルークも同じようにうんうんと頷きながら感心しきりだ。
それに対して、もう心底疲れ切った様子の若竜三人組とレイは、同じく疲れ切ったティミーと並んでソファーに倒れ込んでいる。
「うう、難しかったです……」
「だけど勉強になっただろう?」
優しいマイリーの言葉に手をついて起き上がったティミーは、照れたように笑いつつも頷いた。
その後は、執事が淹れてくれたお茶を飲みながら今度はヴィゴとルークが手合わせをして、また皆が必死になって横で見学しては隣でその盤上を再現して、それぞれ好き勝手な感想を言い合っては笑い合っていたのだった。
夕刻、そろそろ時間だからと皆引き上げる事になった。
レイは、今夜はこのままここに泊まって明日帰るのだとラスティから聞き、皆を見送るためにひとまず一緒に外へ出て行った。
「ありがとうございました。本当に楽しかったです」
「うん、僕も楽しかった。今度はお泊まり付きの本読みの会にするから、楽しみにしててね」
これ以上無いくらいの良い笑顔で手を振るティミーに、レイも笑顔で手を振り返した。
ティミーはもうすっかりご機嫌で、帰りも鞍上で何度も振り返っては、見送ってくれているレイに、嬉しそうにいつまでも手を振っていたのだった。
「帰っちゃったね」
全員の姿が見えなくなるまで見送り、小さな声でそう呟く。
不意に襲ってきた寂しさに、夕刻なのに高い気温にもかかわらずレイは小さく身震いをしてため息を吐いた。
『寂しいか?』
右肩に座ったブルーのシルフの優しい声に、顔を上げたレイは小さく笑って首を振った。
「別に寂しいわけじゃ無いけど……だってさ、いつも誰かがいて賑やかだったのに、皆帰っちゃったら急に屋敷の広さを感じてなんだか寒くなったんだ。おかしいよね、こんなに暑いのに」
肩を竦めて笑うレイを見て、ブルーのシルフは優しく微笑んだ。
『レイ、それを人は寂しいと言うのだよ』
目を見張るレイに、同じくニコスのシルフ達までもが優しい笑顔で頷く。
『だけど主様には私達がついてるよ』
『寂しくなんか無いからね』
『大丈夫だよ』
口々にそう言って頬に優しいキスをくれる。
『大丈夫だ。何があろうとも我がついているから安心しなさい』
優しい声でブルーがそう言い、レイの滑らかな頬にそっとキスを贈る。
「皆ありがとうね。そっか、僕は寂しかったんだね。でも大丈夫だよね。皆一緒だもんね」
笑ってキスを返したレイは、待っていてくれたラスティやアルベルトと一緒に屋敷の中へ戻って行った。
『一緒一緒!』
『私達だっているのにね〜!』
『そうだよね〜!』
それを見ていたシルフ達は口々に笑いながらそう言って、レイのあとを追いかけて屋敷の中へ飛び込んで行ったのだった。




