本読みの会と陣取り盤
「はあ、ちょっと休憩」
ノートに読んだ内容をせっせとまとめていたレイが、小さな声でそう呟いて大きく伸びをした。
「ああ、もうこんな時間か」
ずっと移動階段に座ったまま本を読んでいたマイリーも、レイの声に顔を上げて深呼吸をしてから座ったままで大きく伸びをする。
「はあ、ちょっと腹が減ってきたな」
読んでいた本を置いたルークの言葉が合図だったように、控えめなノックの音の後にアルベルトが入ってくる。
「失礼致します。昼食のご用意が出来ておりますので、どうぞお越しくださいませ」
深々と一礼するその声に、アルス皇子とティミーとカウリも揃ってため息を吐いて本から顔を上げた。
「ううん、ちょっと数時間程度では、とてもじゃないけどゆっくり読めないぞ。なあレイルズ。次は絶対お泊り付きで頼むよ。ここの本も離宮の本も、気軽に読むには質も量も多過ぎるし勿体なさ過ぎる」
「確かにそうだね。でも、皆が揃うのって大変じゃない?」
カウリの言葉に立ち上がったレイが答え、ルークも苦笑いして頷いている。
「まあ、自由参加って感じにして、三日くらい開催しても良いかもな。主催者の俺かお前がいれば、あとは入れ替わっても問題なかろう?」
「ああ、それは良いな。期間内の時間がある時に来て好きなだけ読んで、泊まるなり戻るなりは事前に連絡しておけばいいもんな。場合によっては集まった顔ぶれで討論会も出来るわけか。そりゃあ最高だ。ぜひそれで頼むよ」
ルークの提案にカウリが嬉しそうにそう言い、マイリーも頷いて拍手をしている。
「ああ、いいですねそれ。それならマークやキムも誘っていいですか?」
「いいんじゃないか? ってか、彼らの講義も聞いてみたい!」
ルークの笑った言葉にレイも笑顔で大きく頷く。
「まあ、それは今後の楽しみだな。じゃあまずは食事をいただくとしよう」
立ち上がったアルス皇子の言葉に、皆も笑って立ち上がりアルベルトに続いた。
「身内での昼食会って訳か。うん、なかなか良いんじゃないか?」
通された部屋にはそれほど改まった席ではないが、正式な昼食会の準備が整っていた。
「うわあ、僕大丈夫かな」
レイの呟きに隣ではティミーも困ったように頷いている。
「ほら、主催者はこっちだろ」
笑ったルークの言葉に、またしてもレイは内心で大いに焦りつつアルス皇子を案内して一番上位の席に座らせた。
その後は、執事達が順番に案内してくれ、ティミーも含めて全員が席についたところでアルス皇子の掲げたワイングラスに、皆も立ち上がって乾杯した。
出される見事な料理の数々に、皆大喜びで笑顔を交わし合った。
食事の間は難しい話はせず、それぞれが新人だった頃の苦労話や失敗談。それから嬉しかった事などを詳しく教えてもらった。
ティミーはマイリーが行ったと言う食事療法について知りたがり、途中でカウリと席を代わって貰って、マイリーから気をつけて食べた方が良い食材に種類や食べ方について、それはそれは真剣な顔で詳しく教えて貰ってノートを取っていたのだった。
「ごちそうさまでした。えっと、料理長にとても美味しかったと伝えてください」
デザートまで綺麗に平らげたレイは、休憩室へ移動する際に、アルベルトにこっそりと笑顔で伝え、後で料理長を大いに喜ばせた。それはまた裏方の者達のやる気を大いに引き出したのだった。
午後からはヴィゴとロベリオ達若竜三人組が来てくれて、また書斎でそれぞれに本を読んで過ごした。
午後の三点鐘が鳴った時点で、アルス皇子が次の予定があるからと護衛の者達と共に先に城へ戻り、マイリーとティミーが陣取り盤の攻略本を見つけてソファーの端に座って陣取り盤を打ち始めた。
それを見たルークとカウリがそれぞれの隣へ並び、気がつけば全員が本を読むのをやめて二人の対戦を見学し始めた。
途中でタドラが足早に部屋を出て行ったと思ったら、もう一台陣取り盤を持って戻って来て、隣に並んで二人の対戦をこっちの盤上で再現し始めた。
レイはもう夢中になって二人の手を一手ずつタドラに伝え、タドラと向かい合って座ったユージンがそれぞれマイリーとティミーの駒をせっせと動かしては意見を言い合っていた。
今回は、対等の状態で開始したために途中からマイリーがティミーを圧倒してしまい、最後は一方的な展開になって終了となった。
最後の王手がかかり対戦終わった後も、皆はすっかり興奮して二台の陣取り盤を前に二人の対戦を再現しては攻め方の詳しい解説をしてもらっていたのだった。
「途中から、本読みの会じゃなくて、陣取り盤愛好会になったな」
笑ったヴィゴの言葉に、盤上を真剣な顔で見ていたマイリーは、改めて駒を並べ始めた。
それから、ティミーと顔を突き合わせて何やら小さな声で真剣に相談し始めた。
「ええ、そんなの無理ですよ!」
「いや、今のティミーに必要なのは、経験だよ。普段と違ってゆっくり相手をしてもらえる時間があるんだ。是非やってみなさい」
「うう、分かりました。じゃあやってみます」
戸惑いつつも頷いたティミーの答えににんまりと笑ったマイリーは、執事に合図を送って呼び寄せる。
「陣取り盤は、ここにある二台だけか?」
「あと二台、未使用ですが予備のものがございます」
「持って来てくれ」
即座にそう命じたマイリーの言葉に一礼した執事が下がり、すぐに二台の陣取り盤を用意して戻って来た。
「ああ、これは新しい物なんだな。へえ、フィンラン工房製の陣取り盤か。なかなか良い品だ」
それ見たルークが感心したようにそう呟く。確かに並べられた盤も駒も、真新しくて傷の一つもない。
「えっと、こんなに陣取り盤を出してどうするんですか?」
不思議そうにしているレイに、振り返ったマイリーが手招きする。
「ほら、レイルズはここに座って。それから若竜三人組、順番にここに並べ」
不思議そうにしつつ用意された盤の前に座ったレイと違い、若竜三人組はマイリーが何をしようとしているのか即座に理解して揃って悲鳴を上げた。
「待ってください! いくら四対一でも俺達でマイリーの相手は出来ませんって!」
顔の前で揃ってばつ印を作る若竜三人組にマイリーは首を振って、ティミーを自分の隣に座らせた。
「お前らの相手をするのはティミーだよ。四対一だ。まあもしもどうしても手が止まるようなら俺かルークが手伝うけどな」
ヴィゴとカウリは、もう完全に観客状態で彼らの横に並んで座っている。
目を見開くレイに、カウリが笑って陣取り盤を指差した。
「心して打てよ。これは多面打ちって呼ばれる方法で、一人の強い打ち手が複数人と同時に対戦するんだ。順番に回って来て打つから、お前は自分の盤上だけ見ていれば良い」
「ええ、それって……」
真剣な顔で指を折りながら何かを考えているティミーを見て、レイは驚きのあまり絶句してしまった。
いくらティミーが強いと言っても、四人を同時に相手すると言うのは無茶ではないだろうか。
『ほう、これは中々面白い事をするな』
「ブルー! そんな事出来るの?」
しかしティミーを心配して真顔のレイに、陣取り盤の縁に座ったブルーのシルフは当然と言わんばかりに頷いた。
『もちろん。ターコイズの主ならば出来よう。ほら座りなさい、始まるぞ』
笑ってそう言われてしまい、目の前にやって来たティミーと向き直った。
笑顔で頷き合う。
「よろしくお願いします!」
声が揃い、まずはレイが最初の一手を打つために駒を手に取った。




