星空と追いかけっこ
「うわあ、真っ暗なのに星がすごいですね」
月の出ていない今夜は、星が頭上いっぱいにひしめくようにして瞬いている。
真っ暗な庭に降り立ったティミーは、そのまま頭上を見上げて茫然とそう呟いた。
ライナーやハーネインから聞いて、時々は夜に部屋の窓から星を眺めてみたりした事はある。
竜騎士隊の本部に来てからは、レイに天体望遠鏡を見せてもらって以来、時には月も意識して見上げるようになった。
しかし、今見上げている空は、部屋から見ている時と違って頭上一杯に広がっている。
こんな時間に外に出て空を見上げる事自体が初めてのティミーは、しばらくポカンと口を開けたままその場に立ち尽くして頭上に広がる星空に、ただただ見惚れていたのだった。
「どう?」
「すっごく……すっごく綺麗です……」
レイの問いに答えながらも視線は空から離れない。
それを見て笑ったレイは、そっとティミーの背を叩いた。
「ねえ、あっちのベンチへ行って寝転がればもっと良く見えるよ。行ってみようよ」
池の辺りに用意されている四阿の並びには、石で作られた横長のベンチが置かれている。
「ああ、良いですね。それなら首が痛くなりませんね」
笑顔でようやく空から視線を外したティミーがそう言い、二人はほぼ同時に駆け出した。
そのまま駆けっこをしながら、真っ暗な庭を横切り池のほとりのベンチに到着する。
「いっちば〜〜〜ん!」
わずかの差で先に到着したレイが、笑いながらそう言って大きい方のベンチを占領する。
「ああ、負けました。でも僕はこっちのベンチでも十分ですもんね!」
すぐ隣の小さなベンチに笑いながら到着したティミーが、そう言って寝転がる。
息を切らせながらしばらく二人は無言で頭上の星を眺めていた。
「あのね、空には星座と呼ばれる星があってね……」
レイが、空を指さして今の時期に見える星座を一つずつ説明する。しかし、あまりに星が多すぎてティミーにはよく分からない説明になってしまった。
「ううん、申し訳ありませんが、ちょっとよく分からないですね。じゃあ今度また天体望遠鏡を見せてもらう時に詳しく教えてください」
苦笑いしたティミーがそう言った時、不意に現れた光の精霊達がごく小さな光を放ちながら彼らの頭上に集まってきた。
「あれ、どうしたんだろうね?」
起きあがろうとしていたレイが、呼びもしないのに集まってきた光の精霊達を見て不思議そうに首を傾げる。
ティミーも、同じく起きあがろうとしていた中途半端な体勢のままで目を瞬いてそんな光の精霊達を見つめている。
『では我らが教えてしんぜよう』
ティミーの目の前に現れた少し大きめの光の精霊が、まるで笑っているかのように何度も小さく点滅しながらそう言ってくるりと回った。
驚く二人を尻目に、集まってきた光の精霊達は彼らの頭上に一つずつ順番に、今の空に星座を描き始めた。
彼らの意図を理解したレイが、これ以上ないくらいの満面の笑みになる。
「ほらティミー、良いからもう一度横になって。ウィスプ達が教えてくれるって!」
こちらもようやく彼らの意図を理解したティミーが嬉しそうに大きく頷き、もう一度ベンチに寝転がる。
『これは大鷲座』
『これが竪琴座』
『そしてこれが大白鳥座』
『この三つの主星を繋いで夏の大三角形と呼ばれている』
突然始まった光の精霊達による星座の詳しい解説を、ティミーだけでなくレイも目を輝かせて嬉しそうに聞いていたのだった。
その後はスリッパを脱いで裸足になり、池の横にある芝生の上を二人で走り回って追いかけっこを楽しんだ。
光の精霊達はそのまま一緒にいてくれて走り回る彼らの足元をごく小さな光で照らしてくれたので、真っ暗な中でも転んだりする事もなく、二人は気がすむまで鬼ごっこと追いかけっこを楽しんだのだった。
「はあ、ちょっと休憩」
息を切らせたティミーがそう言って芝生の上に寝転がる。
「じゃあ僕も休憩しようっと」
笑ったレイが、寝転がるティミーのお腹を枕にして交差するようにして寝転がる。
「お〜も〜い〜で〜〜〜す!」
笑いながらそう言ったティミーが、手をのばしてレイの耳の後ろをくすぐる。
「ひゃあ〜〜そこはやめて!」
悲鳴を上げて転がるレイを、ティミーがこちらも転がりながら追いかける。
『加勢するぞ!』
笑ったターコイズの使いのシルフが現れ、ティミーを捕まえようとしたレイを横から押して転がす。
『ならば我も加勢するぞ』
同じく笑いながら現れたブルーのシルフが、レイを捕まえようとしたティミーをさらに横から転がす。
「待って待って。何がなんだかよく分からないよ!」
転がされながら笑ったレイの声に、ティミーの同意する声が重なる。
「うわあ! だからちょっと待ってって!」
池の横にある大きな植え込みの茂みに頭を突っ込みそうになったレイを、不意に現れたウィンディーネ達が一斉に止めてくれた。
「あはは、ありがとうね、姫」
手をついて起き上がったレイは、驚くほど移動していた今の場所を見て小さく吹き出す。
「はあ、ちょっと喉が渇いたね。一度部屋に戻ろうかな」
服についた葉っぱを払い落としながらそう呟いた時、ランタンの明かりがこちらに向かって来ている事に気が付いた。
「あれ、何かあったのかな?」
もちろん彼らが庭に出ている事は、ラスティや執事達も知っているはずだ。それなのにわざわざ灯を付けてこっちへ来るという事は、もしかしたら本当に何かあったのかもしれない。
慌てて立ち上がって、少し離れた場所で同じく転がっていたティミーを慌てて起き上がらせてやる。
「あれ? 誰か来ますね?」
同じく明かりに気付いたティミーも不安そうに近づいて来る明かりを見つめていた。
『其方の従卒と執事達だよ心配は要らぬ』
『その通りだ。心配は要らぬよ』
ティミーの目の前に現れたターコイズの使いのシルフとブルーのシルフの言葉に小さく安堵のため息を吐いた二人は、近付いて来る明かりに向かって笑って手を振ったのだった。




