レイとティミー
「ありがとうございました!」
「すっごく楽しかったです!」
目を輝かせながらそう言って馬車とラプトルに分かれて乗った子供達は、見送りに出たレイとティミーを見ながら口々に満面の笑みでそう言ってくれた。
本当なら泊まってもらってもよかったのだけれど、マシュー達には明日の予定があるらしく、子供達とのお泊まり会はまた今度になったらしい。
あまりお話しする時間が無かったけれど、少女達も揃って馬車の中から笑顔で手を振ってくれた。
「父上が、秋頃までには遠乗りに連れて行ってくれるそうですわ。今度は女の子だけでね。楽しみにしています」
クローディアの言葉に、レイも笑顔で頷く。
「うん、僕も楽しみにしています。前回の遠乗りは男の子達だけだったからね、それじゃあ今度は美味しいお菓子をたくさん用意して行こうか。郊外でもお茶会って出来るかな?」
何となく流れでそう言っただけだったが、それを聞いた少女達だけでなくイデア夫人までが嬉しそうに目を輝かせた。
「まあ、レイルズ様。それは素敵ですわね。楽しみにしていますわ」
「素敵素敵! どんなふうになるのか楽しみにしていますね!」
「郊外でお茶会なんで素敵!」
「えっと……」
予想以上の少女達の食いつきっぷりに若干腰が引けたレイは、困ったようにラスティに視線で助けを求める。
苦笑いしながら頷いてくれたラスティに笑顔で頷き返し、イデア夫人を見て胸を張った。
「では、ご期待に添えるように頑張って準備しますね」
「はい、では期待しておりますわ」
にっこり笑ったイデア夫人にまでそう言われて笑顔で頷きつつ、内心では準備をしてくれるラスティ達に必死になって謝っていたのだった。
「ではお気をつけて!」
先にアルジェント卿と子供達、それからライナーとハーネインが帰って行き、イデア夫人とクローディアとアミディアも馬車に乗って帰って行った。
「えっと、ティミーももう帰っちゃうの?」
一気に人がいなくなり、不意に寂しくなったレイが小さな声でそう尋ねると、ティミーは戸惑うみたいにレイを見上げた。
「あれ? もしかしてルーク様から聞いておられませんか?」
「え? 何の事?」
不思議そうに目を瞬くレイを見て、ティミーが小さく吹き出す。
「ねえラスティ、もしかしてギリギリまで内緒にしてくれって言われてました?」
必死で笑いを堪えた顔でそんな事を言われてしまい、レイは驚いてラスティを振り返った。
「はい。ルーク様から、招待客の皆様がお帰りになられましたらレイルズ様にお渡しするようにとの事で、お手紙を預かっております」
軽く咳払いをしたラスティの言葉に、レイは首を傾げる。
「手紙?」
伝言ならシルフを飛ばせばそれで済むのに、わざわざ手紙を寄越す理由がわからない。
「ひとまず中へどうぞ。ティミー様はまだお帰りになりませんのでご心配なく」
笑顔のラスティにそう言われて嬉しそうに目を輝かせたレイは、ティミーと一緒に応接室へ戻った。
「失礼致します。こちらがルーク様よりお預かりしておりましたお手紙でございます」
木製のトレーに乗せられた、蝋で封をした封筒を受け取る。
「あれ? ルークもこれを使ってるんだね」
見慣れた四葉の紋章を見て、思わずそう呟く。
「ああ、それは有名な話ですね」
隣でレイの手元を覗き込んでいたティミーの言葉に、レイが不思議そうに振り返る。
「竜騎士様は僕のように嫡男でない場合、希望すれば新たに家を興す事が出来ます。もちろん陛下の許可が要りますので勝手に名乗る訳ではありませんが、それは竜騎士様に認められた権利のうちの一つです。例えばヴィゴ様は地方貴族の三男ですが、お嬢様方が結婚なさってお相手の方が婿養子に来てくれるなら、それに伴って家を興すのだと言われていましたね。ですがお相手のタドラ様も竜騎士様ですので、もしかしたら婿養子ではなく新たに家を起こされるのかもしれませんね。その場合は、引退なさるまでは竜騎士というのがそのまま貴族と同等の身分として扱われます。序列についてはご存知ですよね。引退後は、卿の称号を授かります。アルジェント卿がそれにあたりますね」
晩餐会での席順を思い出して苦笑いするレイを見て、ティミーも笑って頷く。
「へえ、竜騎士にその権利があるって話は聞いた事があるけど、そんな意味があるんだね」
いっそ無邪気とも取れるレイの言葉に、説明しているティミーは呆れ顔だ。
「ですが、ルーク様はご自分には家を興すおつもりは無いと、何度も公の場で明言しておられます。ルーク様の独身主義は有名ですからね。同じく独身主義を貫いておられるマイリー様も同様ですね。離婚後はもう家を興す気はないのだともっぱらの噂ですね。まあルーク様の場合はお父上であるディレント公爵様との兼ね合いがありましたから気を遣っておられたのかもしれませんが、和解なさった今なら、再考されても良いと思うのですけどね」
貴族間のそういった裏の事情に詳しいティミーを見て、レイはすっかり尊敬の眼差しになっている。
クラウディアとニーカと同じで、こちらもどうやら、どちらが年上なのかわからない組み合わせになっているようだ。
「ですから、ルーク様は竜騎士となられたあとはずっとその四葉の紋章をお使いになっておられます。マイリー様は、以前ご結婚なさった折に陛下から贈られた盾に刻まれていたのだという剣と交差する竜の爪の紋章を、陛下の許可を得て今でもご自身の紋章としてお使いになっておられますね」
「へえ、すごいね。ティミーは何でもよく知ってるんだねえ」
「僕はレイルズ様がそれをご存知無かった事に驚いてますよ」
呆れ半分でそう言われてしまい、誤魔化すように笑うレイだった。
「それより、お手紙は開けないんですか?」
手に持ったままの手紙を示され、我に返ったレイはその手紙の封を切った。
勝手に集まって来たシルフ達が、嬉しそうに手紙にキスするのを見て、そっと折り畳まれた手紙を取り出す。
「えっと、何が書いてあるんだろうね?」
嬉しそうにそう呟いて、そっと折り畳まれていた手紙を開いたのだった。




