アルジェント卿の密かな企み?
「これは驚いた、いやあとんでもない逸材が現れたものだ。うむ、しかしこれを黙っていたとはけしからんのう。これは後ほどマイリーを問い詰めておかねばならんぞ」
下げていた駒を盤上に戻しながら、アルジェント卿は妙に嬉しそうにそう言って笑っている。
『怒ってるのに笑ってるね』
『変なの変なの』
それを見たシルフ達の言葉に、レイとティミーは堪える間も無く吹き出してしまい、子供達に不思議そうな顔をされたのだった。
「ほら、次はレイルズ。其方の番だ」
ティミーが座っている席を示したアルジェント卿の言葉に、笑顔で頷いたレイとティミーが席を交代する。
「お手柔らかに願いますよ。僕はあんなに強くありませんから!」
座りながら念押しするようにそう言うレイに、アルジェント卿も笑って頷く。
「もちろん分かっておるさ。では、女王を落として三手先に打たせてやる故、しっかり考えて進めなさい」
「うう、よろしくお願いします。ねえ、先に皆にも言っておくけど、さっきみたいな激戦は期待しちゃ駄目だからね!」
「ええ、そんな事言わずに、お爺様を二連覇してくださらないと!」
目を輝かせるソフィーの言葉に、レイは顔を覆って必死になって首を振っていたのだった。
時折、こっそりニコスのシルフ達に助けを求め、中盤あたりまでは何とか必死になって食い下がったレイだったが、後半には無理に攻めようとして自分の陣地の守りが隙だらけになってしまい、途中で勝負を中断して、アルジェント卿から攻め方と守り方を同時進行させる際の注意点を教えてもらったレイだった。
「ああ、結局最後は自滅した終わり方になりましたね」
呆気なく王手で詰んでしまった盤上を見て、大きなため息と共にレイは深々と頭を下げた。
「参りました! それからご指導ありがとうございました!」
「うむ、後半の不出来はまあ仕方あるまい。今のように圧倒的に不利な状況になってしまい多方面から攻められた場合、複数の攻めと守りを同時進行で考えて実行するには慣れも必要だからな。レイルズの場合、基礎の知識はもう充分だ。今の其方に最も必要なのは、同じ相手とばかり打ち合うのではなく、出来るだけ多くの人と一つでも多く手合わせする事だな。よし、知り合いに何人か声を掛けておいてやろう。後日時間を取って複数の人と続けて打ち合う機会を作ってやるから楽しみにしていなさい」
妙に嬉しそうなアルジェント卿の言葉に、慄きつつもお礼を言うレイだった。
「アルジェント卿! 是非その時には僕も参加させてください!」
目を輝かせるティミーの言葉に、しかしアルジェント卿はにんまりと笑って首を振った。
「まあ待て待て。こういう事は、一人ずつゆっくりと時間をかけて見てやらねばならんからな。もちろん其方にも同じように同時に複数人と手合わせする機会を設けてやる故、安心して待っていなさい」
『我の耳には、それは新しく手に入れた玩具に向かって、皆を集めて一人ずつ順番に遊びたいから大人しく待っておれ。と、聞こえたぞ』
呆れたようなブルーのシルフの言葉に、レイとティミーが同時に吹き出し、アルジェント卿と子供達がそれに続いて揃って吹き出した。
「ラピスか。其方はもう少し言葉の使い方を覚えよ。何でもかんでもあからさまに言えば良いというものではないぞ」
誤魔化すように咳払いをしておもむろに腕を組んだアルジェント卿に、呆れたようにそう言われてブルーのシルフも吹き出してしまい全員揃って大笑いになったのだった。
「アルジェント卿ったら酷いです! 僕は玩具じゃありませ〜ん!」
「僕も玩具じゃありませ〜〜ん!」
笑いながらも、揃って顔の前で手を交差してばつ印を作って抗議するレイとティミーを見て子供達がまたしても吹き出してしまい、笑い声はいつまでも耐える事が無かったのだった。
ようやく笑いがおさまったあとは、アルジェント卿がもう一度ティミーを前に座らせて、先程の手合わせの詳しい解説をしてくれたのだった。
子供達は、アルジェント卿と、時折考えながらも口を開くティミーの言葉をもう夢中になって身を乗り出すようにして盤上を見ながら説明を聞いていたのだった。
「あらあら、私達は途中からすっかり忘れられているみたいね」
笑って執事が用意してくれたお茶とお菓子をいただきながら、イデア夫人と少女達が顔を見合わせて小さな声で内緒話を楽しんでいる。
「でも、お爺様も楽しそう」
ソフィーの言葉に、イデア夫人も笑いながらも何度も頷く。
「男の方々は皆、本当に陣取り盤がお好きみたいね。私も駒の進め方くらいは知っているけど、あんなに必死になる程面白いとは思えないわねえ」
「本当よね」
呆れたようなイデア夫人の言葉に、お澄ましして大人しくお茶を飲んでいた少女達は、揃って顔を見合わせて同意するように何度も頷きながら笑い転げていたのだった。
『ほう、どうやら陣取り盤に対する考え方は、男女でそこまで違いがあるのか。人の子とは面白いものだなあ』
彼女達の声を聞いたブルーのシルフは感心したようにそう呟き、目の前の盤上の展開に夢中になっている愛しい主の頬に、こっそりキスを贈ったのだった。




