腕相撲の開始!
「じゃあ、ここで腕相撲するのはちょっと駄目だと思うから応接室に移動しようか。えっと……」
しっかりお菓子とお茶を平らげた子供達を見て、そう言って立ち上がったレイだったが、男の子達だけですっかり盛り上がっていたのに気付いて密かに慌てていた。
「ごめんね、ちょっと男の子達だけで盛り上がっちゃって」
苦笑いしながら、呆れたみたいに自分を見つめているソフィアナ達を振り返ったレイはそう言って素直に謝る。すると、何故かクローディアが口元を押さえて笑いながら首を振った。
「どうぞお気になさらず。ここは私達は見学させていただきますわ。ねえ母上」
「そうね。せっかくですから私達はティミー様の応援をさせていただきますわ」
イデア夫人の言葉にソフィアナとリーンも笑顔で頷いている。
「ありがとうございます!」
女性陣の思わぬ応援に、ティミーは目を輝かせてお礼をいうのだった。
「じゃあここの部屋がいいね」
アルベルトの案内で別の広い応接室に向かう。
そこには大きなソファーがいくつも並んでいて、ソファーの真ん中には低めの机が置かれている。
「レイルズ様、腕相撲をなさるのであればこちらをお使いください」
そう言って、ソファーの横に置かれた、足が太くてしっかりとした天板の分厚い机を示す。
「ああ、確かにこっちの机でやると倒した時に危ないですね」
繊細な細工が施された背の低い机を見て、レイは納得したみたいに笑った。
「どう?高さは大丈夫かな?」
レイなら椅子に座らないと屈んでは勝負出来ないであろう高さだが、今の少年達ならこの机はちょうどいい高さに見える。
「ああ、これはいいですね。じゃあもうやるかい?」
自慢気なライナーの言葉にティミーも胸を張って頷く。
「おう、いつでもいいよ」
「言ったな。よし、じゃあ負けて泣くなよ!」
楽しそうに仲良く笑いあった二人が机を挟んで向かい合って立つ。
「よし、じゃあ右手をここへ」
二人の横に立ったレイが、屈んで机を叩く。
頷いた二人がそれぞれ右手の肘を机についてお互いの手を握る。左手は机の端を横から掴むみたいにしてお互いに前のめりになる。
「はい、じっとして。では……始め!」
上から握り合った二人の手を押さえて真っ直ぐな位置で止める。
始めの声と同時に手を離してレイは後ろに下がった。
「ふん!」
二人が同時に息を吐いて一気にお互いの腕を倒そうと力を込める。
いつもなら、すぐにティミーがライナーの押さえ込みに抗いきれずに倒されてしまうのだが、今日は違った。
握り合った手は同じ位置でピクリとも動いていない。
驚きに目を見張ったのは、ライナーとハーネインの二人で、ティミーの予想外の健闘に少女達とイデア夫人は歓声を上げて何度も手を叩いた。
そのままこう着状態が続き、それを見たイデア夫人が音頭を取って一定のリズムで手拍子を始める。身を乗り出すようにしていたマシュー達も、笑顔でそれに倣った。
「ええ、どうなってるんだよ」
ライナーのごく小さな呟きに、ティミーがニンマリと笑う。
「もうおしまいかい。じゃあいきますよ!」
高らかに宣言したティミーは、もう一度歯を食いしばるようにして右手にありったけの力を込めて一気に倒していく。
堪えきれずにライナーの手の甲が机についた瞬間、レイの右手が挙がった。
「勝負あった。勝者ティミー!」
彼の右手を持って高々と掲げてやる。
「ええ、すごいよティミー。全然動かなかった!」
負けたライナーも笑顔でティミーの腕を取ってぶんぶんと振り回す。
「思ったよりも上手くいってホッとしてるよ。記念すべき初勝利だね」
「おう、これは負けを認めるよ。じゃあ今度ティミーが一の郭の屋敷に帰る日を教えてくれよ。カサドラのお菓子をありったけ届けるからさ!」
歓声を上げるティミーともう一度手を叩き合ったライナーは、満面の笑みでレイを振り返った。
「では、次はレイルズ様ですよ! ティミー、今度は味方同士だよ!」
「うん、よろしくね!」
こちらも満面の笑みのティミーがそう答えて少年達がライナーがいる側に勢揃いする。
立ったままでは背が合わないレイは、アルベルトが用意してくれていた丸椅子に座った。
「では、お願いします!」
声を揃えてそう言われて、レイもこれ以上ないくらいの笑顔になる。
「では、審判役をやらせてもらうとしようか」
ソファーに座ってライナーとティミーの勝負を見ていたアルジェント卿が、おもむろにそう言ってソファーから立ち上がる。
それを見たレイが慌てて立ち上がり、アルジェント卿に手を貸して先ほど自分が立っていた場所へ手を引いて案内してからもう一度丸椅子に座った。
「ええと、左手でするんですよね」
レイは軽く肩を回してから、左手を差し出して肘をついて構える。
「あれ? だけど僕が左手で勝負するのなら、彼らも左手じゃないと手を握れないですよ?」
普通は右手同士、あるいは左手同士で手を握るから腕相撲ができるのだが、目を輝かせた少年達は揃って右手を差し出した。
ライナーとハーネイン、それからマシューとフィリスは腕まくりまでしてやる気満々だ。
「えっと……」
戸惑いつつも彼らのする事を見ていたレイは、彼らが自分の左手を掴んだ瞬間思わず吹き出してしまった。
「ええ、ちょっと待って。それで勝負するの?」
「そりゃあそうですよ。レイルズ様の腕力なら、これでもまだ僕達の方が不利なくらいです!」
大真面目に答えるライナーの言葉に、少年達が一斉に頷く。
イデア夫人やクローディア達は先ほどのレイと同じく、少年たちの戦略を見て揃って吹き出して笑い転げている。
「まあまあ、こんな腕相撲は初めて見ますわ。でも確かにレイルズ様が相手ならこれくらいはしないと不公平ですわね」
笑いながら拍手をしたイデア夫人の言葉にアルジェント卿も笑って頷く。
「どうだ? これでも受けて立ってくれるか?」
アルジェント卿にそう聞かれたレイは。こちらもにんまりと笑って大きく頷いた。
「もちろん受けて立ちましょう。じゃこうしましょう。僕が無理に倒して誰か怪我でもしたら大変です。開始から二十数える間、僕は一切反撃しません。その間に皆で僕の腕を倒せたら僕の負け。数え終わるまでここから動かずに支えきれたら僕の勝ち。これでどうです?」
レイの提案に少年達が揃って頷くのを見て、その場は拍手に包まれた。
「では、それで始めるとするか。さて、皆しっかりやるのだぞ」
「はい! よろしく願いします!」
笑顔のアルジェント卿の言葉に少年達だけでなく、レイもこれ以上ないくらいの良い笑顔で元気に返事をしたのだった。




