お茶会と勝負の約束
「レイルズ様、このお菓子とっても美味しいです」
イデア夫人の隣に座ったアミディアが、レイもお気に入りのチョコレートムースを食べてご機嫌な笑顔でそう言って最後の一口を口に入れた。
「うん、これは僕もお気に入りなんだ。あ、甘いの好きならこっちのスフレもおすすめだよ。僕はこのチョコソースとキャラメルソースがかかってるのが好きなんだ」
レイの好きなそのスフレケーキは窯から出されてすぐに提供されているので、大きく膨れ上がっていて、真っ白な陶器の器の縁から上に向かってキノコのように大きく盛り上がっている。
「とっても魅力的だけど、それは私には大きすぎます」
ちょっと拗ねたみたいに口を尖らせるアミディアを見て、レイは慌てたようにアルベルトを振り返った。
「では、お嬢様にはこちらのスフレケーキをどうぞ」
笑顔でそう言ったアルベルトは、ちょうど運ばれてきたばかりの焼き立てのスフレケーキのミニサイズをお皿に乗せた。
「ソースは、レイルズ様が申し上げたチョコレートとキャラメルでよろしいですか?」
満面の笑みで頷くアミディアの前に、たっぷりと二種類のソースがかけられた小さなスフレケーキが置かれる。
同じものがティミーの前にも置かれるのを見て、ライナーとハーネインが呆れたようにティミーの背中を叩いた。
「相変わらず、ちょっとしか食べないんだなあ。竜騎士隊の本部へ行って、ちょっとはたくましくなったかと思ったのに」
「そんな無茶言わないでよ。僕が本部へ来たのって、ついこの間だよ。あ、でも握力はかなり強くなったよ!」
食べていたミニタルトを飲み込んで口元をナプキンでそっと拭ったティミーが、笑いながらも腕を上げて曲げて見せる。
「へえ、腕相撲連敗続きなのに言うじゃないか。いいよ。じゃあ後でひと勝負しようじゃないか」
「兄さんが勝つにカサドラのお菓子を賭けるよ」
笑ったライナーの言葉に隣で聞いていたハーネインが笑って手を挙げる。
勝って当然と言わんばかりの余裕を見せる二人に、ティミーは笑って頷いた。
「いいですよ。その勝負受けて立ちましょう。勝負は腕相撲。負けた方が勝った方にカサドラのお菓子を好きなだけご馳走する。ではレイルズ様。立会人をお願いいたします!」
「えっと……」
驚いてアルジェント卿を振り返ると、苦笑いしながら小さく頷いた。
「あの二人は、最近事あるごとに腕相撲をしておるんだよ。だが今のところティミーの連敗続きと聞いているなあ」
「まだ一度もティミーに負けていませんよ!」
得意げなライナーの言葉に、ハーネインも笑って拍手をしている。
「僕も、まだ一度もティミーに負けた事ありません!」
年齢で言えばティミーが一番年上なのだが、明らかに体格で年下の二人に負けている。
ちょっとは逞しくなったように思っていたが、こうやって見ると確かにティミーは年齢の割にかなり小柄で体の線も細い。
『大丈夫?』
何だか心配になったレイは、小さな声でこっそりティミーにシルフを飛ばす。
『はい、ちょっと筋肉が付いてきたってロベリオ様やユージン様にも褒めてもらったんです。だからどれくらい強くなったか見てみたくて』
レイの耳元で小さな声でそう言われて、笑顔で頷く。
ティミーが頑張ろうと思っているのなら、レイは応援するだけだ。
「そっか、じゃあお茶の後で手合わせしてみようか。何なら僕も参戦しようかなあ」
「レイルズ様、無茶言わないでください! 僕の足より太い腕をしてるのに!」
突然のレイの名乗りに、慌てたライナーとハーネインが顔の前で手を振りながらそう叫び、少女達とイデア夫人、それからアルジェント卿が揃って吹き出した。
「確かに、レイルズの腕は子供達の太腿よりも太そうだのう」
完全に面白がっているアルジェント卿の言葉に、ライナーとハーネインだけでなくマシューやフィリス達までが揃ってまたしても吹き出し、その場は笑いに包まれたのだった。
「ねえ、それなら僕達全員対レイルズ様ならどうですか!」
良い事思いついたと言わんばかりに目を輝かせるライナーの言葉にティミーとハーネインが歓声を上げて右手を挙げる。
「それなら僕も参加します!」
「僕も!」
「それならやりたい〜〜!」
ライナーとハーネイン。それからマシューとフィリスとティミーが手を挙げ、それを見ていたまだ五歳のパスカルまでが一緒になって手を挙げた。
「ならばその勝負は私が立ち会ってやろう。子供達の連合軍対レイルズだな。ふむ、それでもまだ力の差は歴然だな」
苦笑いして少し考えたアルジェント卿は、何か思い付いたらしく不意ににんまりと笑ってレイを振り返った。
「レイルズ、其方は左手でも構わんか?」
「ああ、もちろん構いませんよ。じゃあ左手で勝負を受けましょう」
素直に頷くレイを見て、アルジェント卿が満足気に頷く。
「ふむ、これなら何とかなりそうだな。ではレイルズは左手で相手をしなさい」
「分かりました」
実は、こと戦いに関してはほぼ両手利きと言っても過言ではないレイにとって、腕相撲程度なら右も左もほとんど力の差は無い。
頷くレイを見たアルジェント卿は、子供達を集めて小さな声で内緒話を始めた。
その際に、レイのお皿の横に座っているブルーのシルフにそっとめくばせをして口元に指を立てる。それを見て笑って頷いたブルーのシルフは、そっぽを向いて彼らを見なくなった。
これはアルジェント卿がブルーのシルフに、今から内緒の話をするから聞かないでくれとこっそり頼んだからだ。
「お爺様すごいです!それなら勝てそう!」
「僕、頑張っちゃうもんね〜〜!」
何故かアルジェント卿の説明を聞いた子供達が揃って大はしゃぎで勝てる勝てると言い始めたのだ。
驚きに目を見張るレイに、振り返ったアルジェント卿は満面の笑みになった。
「まあこれほどまでに力量に差があるのだから、これでも不公平にはなるまい。しっかり頑張ってくれたまえ」
「もちろんです、喜んで受けて立ちますよ」
どう考えても、負ける要素はないと思っているレイは笑顔でそう言い、立ち上がって駆け寄ってくる子供達と順番に手を叩き合って笑っていたのだった。




