子供達
「へえ、貴重なものだとは聞いていたけど、そんなにすごいものだったんだね。じゃあここに持ってきてよかったや。本部の僕の部屋にあったら、竜騎士隊の皆とラスティくらいしか見てくれる人がいなかったもんね」
必死の子供達の説明に、ようやく納得したレイは感心したようにそう言って笑っている。
「レイルズ様、呑気過ぎです」
「そうですよ。もしも一の郭に屋敷を持つ貴族の誰かが千年樹の置き台を新たに手に入れたなら、それを自慢するためだけにお披露目会を開きますよ」
驚きに目を見開くレイを見て、子供達の中では一番年長のライナーとマシューが呆れたようにそう言って肩を竦めた。
「お爺様も笑っていないで! レイルズ様に教えてあげなかったんですか?」
「いやあ、まさか知らんとは思わんだろうが。てっきり竜騎士隊の誰かから詳しい事は聞いていると思っておったからなあ」
苦笑いするアルジェント卿の言葉に、レイは慌てて首を振った。
「えっと、陛下からも、それからルークからもすごく貴重なものだとは聞いていました。だけど……」
「そこまでの扱いだったとは思わなんだか」
言い淀むレイの言葉に、もう笑っている事を隠そうともせずにアルジェント卿がそう言ってレイの腕を叩く。
誤魔化すように笑って頷くレイを見て、子供達は一斉に呆れたようなため息を吐いたのだった。
玄関先で賑やかにおしゃべりを楽しんでいると、アルベルトが進み出てきてレイにそっと耳打ちをした。
「レイルズ様、遅れておられたティミー様が間も無く到着なさるとの事です」
「ああ、そうだったんだね、一緒に来ていないからどうしたのかと思ったよ」
笑顔でそう言って子供達を振り返る。
「えっと、ティミーがもうすぐ到着するんだって。どうしますか? 先に応接室へご案内しますので……」
しかし、皆まで言わせず子供達は当然のように玄関へ向かって駆け出し、顔を見合わせた大人達とレイも苦笑いしながらその後に続いてもう一度玄関へ戻ったのだった。
「ようこそティミー!」
いつもの彼の護衛の者達と一緒にラプトルに乗ったティミーが玄関先に到着するなり、レイの言葉と同時に子供達が全員揃って唱和したものだから、ラプトルから降りたティミーは驚きに目を見開きつつも全員総出の大歓迎に大喜びで、皆と順番に笑顔で手を叩き合っていたのだった。
「えっと、じゃあすっかり時間を取っちゃったけど中へどうぞ」
我に返って慌てたレイがそう言い、順番に屋敷の中を案内して回った。
子供達は書斎に置かれた本よりも大きな天球儀に興味津々で、特にライナーとハーネインは大喜びでレイの詳しい説明を聞きたがった。
「ええ、ライナーとハーネインは、天球儀は持っていないの?」
天体が好きだと聞いていたし、以前は天体盤の説明をした事があったが、天球儀は持っていないのだろうか?
「父上の書斎には、もう少し小さいですけれどもこれくらいの天球儀が置いてあります」
ライナーが両手を広げて円を作って見せる。
確かに、ここにある天球儀ほどの大きさでは無いが、書斎に置くには充分な大きさだろう。
「でも、勝手に触ってはいけないって言われてて、いつも僕達は見ているだけなんです。こんなに動くんだって、初めて知りました」
「へえ、そうなんだ。もしかしたらお父上のゲルハルト公爵閣下も、天球儀のあまり詳しい扱い方はご存知無いのかもしれないね」
そっと手を伸ばして天球儀を回したレイは、そう言って笑って肩を竦めた。
以前、ハンドル商会のシャムと会った時に聞いた話では、今の星座を確認するための天体盤は純粋に星を見る為の道具なので、天体望遠鏡程ではないが天体観測会などの際にも使われる事がある。なので、手軽な値段と物珍しさもあって興味本位で時に売れる事もあるらしい。
しかし、ある程度以上の大きさの天球儀は、置き場所も限られるし値段もそれなりなので、早々売れるものでは無いらしい。しかも、天球儀の詳しい扱いには天文学の専門的な知識が必要なので、実際に貴族の館で書斎や応接室などに飾られている天球儀のほとんどは、単なる豪華な置物として扱われているのだそうだ。
「勿体ないよね。良いものなのに」
レイは小さく笑って、そっと優しく天の子午線環を撫でた。
その後は、応接室へ案内して用意されていた豪華なお菓子の数々に子供達はまた喜びの歓声を上げたのだった。
先程の天球儀には興味津々だったのに、天文学の話になった途端に急に興味を無くしてしまい集まっておしゃべりを楽しんでいた少女達も、今度はお互いの手を取り合って大喜びしていたのだった。
『なんとも賑やかだな事だ。少しもじっとしておらぬ』
子供達の様子を見ていてた少々呆れたようなブルーのシルフの呟きに、ニコスのシルフ達が揃って笑って首を振る。
『蒼竜様』
『まだあの子達は大人しい方ですよ』
『そうですね』
『確かに大人しい』
『あれでか?』
揃って何度も頷くニコスのシルフ達を見て思いっきり眉をしかめるブルーのシルフに、ニコスのシルフ達はまた揃っておかしそうにコロコロと笑い合っていたのだった。




