出迎えの前の一幕
「レイルズ様。間も無くアルジェント卿とお孫様方、ライナー様とハーネイン様がお越しになるとの事です」
ノックの音と共にアルベルトが入って来て、一礼して知らせてくれる。
ちょうど攻略本の実技が一段落して、改めて駒を動かしながら戦術を確認していたレイは笑顔で顔を上げた。
「そうなんですね。じゃあお出迎えしないと」
攻略本を閉じて横に置いて立ち上がる。
部屋の入り口の剣立てに置いてあったミスリルの剣をアルベルトから受け取り装着すると、そのままアルベルトとラスティと一緒に玄関へ向かった。
しかし、玄関に向かう途中にアルベルトの目の前に伝言のシルフが現れた。
『ハモンドよりアルベルトへ』
『イデア様とお嬢様方が間も無く屋敷へ到着いたします』
『出迎えの準備をお願いします』
一方的にそれだけを伝えて消えていったシルフを、レイは目を輝かせて見送った。
「へえ、あんな風にして知らせが来るんですね。今のハモンドって人は、同行している執事さんだね」
「こ、これは大変失礼を致しました」
まさかこのタイミングで伝言のシルフが来るとは思っていなかったアルベルトが慌てたように立ち止まってレイに頭を下げる。
「えっと、どうしてアルベルトが謝るの?」
驚くレイに、一緒に見ていたラスティが苦笑いして教えてくれた。
「レイルズ様。今の伝言のシルフは伝言の術を封じた枝を使った簡易の伝言です」
「えっと、僕は使った事が無いけど、訓練所で習った覚えがあるね。一方的な伝言なんかを寄越す際に使われる道具で、精霊魔法を使えない人同士でも伝言を伝えられるっていう、あれ?」
「その通りです。レイルズ様の招待状と一緒に、担当の執事宛に、この場合はアルベルト宛に指定した伝言の術を封じた枝を複数同封しておくのです。向こうはそれを使って招待への参加の是非と、今回のように到着の際の伝言を寄越すようになっているんです」
そこで言葉を切ったラスティは、ようやく顔を上げたアルベルトを振り返った。
「これらはいわば我々裏方の仕事でございます。主人であるレイルズ様のお耳に入れるようなことではございませんでしたのに、本当に大変失礼を致しました」
「ええ、僕は珍しい伝言のシルフが見られて嬉しかったよ。それにこんな風にして連絡をしあってくれているんだね。僕いつもどうやって到着するのを知るのか不思議に思っていたんだ」
無邪気なレイの言葉に、恐縮したアルベルトがもう一度謝ろうとしてレイに止められていたのだった。
「そっか、普通の伝言のシルフと違って、こっちの都合はお構いなしなんだね」
玄関でアルジェント卿の一行を待ちながら、レイは先程の伝言のシルフを思い出して小さく笑った。
「その通りです。ただし通常の伝言のシルフと違うのは、こちらもその枝の片側を持っていますから、再度同じ伝言を聞く事が出来るのです」
苦笑いしたアルベルトが、胸元から小さな小枝を取り出して見せてくれる。
「確か、叩くんだよね」
「はい、相手側は伝言を伝える際に届けた小枝を折って言葉を伝えます。通常の伝言のシルフと違って、それで終わりです。会話はありませんので、向こうはもうそれっきりですね。受けたこちら側は、この小枝を処分しない限り何度でも同じ伝言を聞く事が出来ます。まあ余程の事が無い限りは、普通は用が済めば枝ごと処分しますがね」
「処分したら、もう伝言は聞けない?」
「はい、なんでもそれでシルフ達は伝言を忘れてしまうそうです」
「へえ、面白い。どうやって術を枝に封じているんだろうね」
興味津々のレイの言葉に、ブルーのシルフが現れてレイの頬を叩いた。
『それならば我が知っているぞ。今度時間のある時に作り方を教えてやろう。まあ、伝言の術を使える其方がこれを使うことなどないだろうが、覚えておいて損はあるまい』
笑ったブルーの言葉に、レイは満面の笑みで頷いた。
「さすがはブルーだね。じゃあ今度教えてね、僕も作ってみたい」
『我が主殿もなかなかに好奇心旺盛のようだ。ふむ。良き事だな』
「そうだよ、知識と技術はいくらあっても邪魔にならないんだもんね。ああ、馬車が見えてきたよ。あれってそうだよね」
笑ってブルーのシルフにキスを贈ったレイは、遠くに見えてきた大きな馬車に気付いて嬉しそうにそう言って大きく飛び跳ねた。
馬車の横で、ラプトルに乗ってこっちに向かって手を振っているライナーとハーネインに気付き、レイはこれ以上ないくらいの良い笑顔で手を振ったのだった。




