朝食と彼らの心構え
「うああ、聞いてはいたけど予想を遥かに超える苦さと不味さだよ。これは!」
クッキーが口を覆ってそう叫び、キムが渡してくれた蜂蜜をたっぷりすくった匙を口に入れた。
「俺も! 凄く苦いとは聞いてたけど、せいぜい薬草茶くらいの苦さかと思ってた」
「確かにこれを飲んだ後なら、あの薬草茶が甘く思えるよな。俺、あの薬草茶よりも苦いお茶はこの世に無いと思っていたのに!」
ロルフとフォルカーが口を揃えてそう言いながら、揃ってもうひと匙蜂蜜をすくって口に入れた。
「薬草茶って?」
リンザスに蓋を開けた蜂蜜を瓶ごと渡したレイが、不思議そうに振り返る。
「俺達の実家で領地のあるテンベックの辺りに古くから伝わる苦い薬草が山ほど入ったお茶でね。子供の頃、熱を出すと必ずそれを飲まされたんだ」
「濃く煮出した真っ黒なお茶でさ。まあお茶って言うより煎じ薬なんだけど、もうこれが不味いのなんの」
「効くんだよ。そりゃあもうびっくりするくらいに良く効いて、翌日には、あの熱は何処へ言ったんだよって言いたくなるくらいにすっかり元気。だからどの家でも必ずその薬草茶は常備されてるんだ」
「へえ、そんなのがあるんだ。何が入ってるんだろうね?」
興味津々のレイに、ロルフとフォルカーが笑って顔を見合わせる。
「興味があるなら今度送ってやるよ。まあ、これを蜂蜜無しで飲めるレイルズなら、あれくらい平気だと思うけどな」
呆れたようなロルフの言葉にフォルカーも笑いながら何度も頷いている。
「ええ、そりゃあ僕はどうしても飲まなきゃ駄目ってなったら蜂蜜無しでも飲めるけどさあ。苦いのは嫌だよ。出来れば蜂蜜入れて飲みたいです」
「だろうな。これを飲んでいた歴代の竜騎士様を尊敬するよ」
真顔のレイの言葉に、カナエ草のお茶の苦味と不味さを思い知った全員が揃って頷き、腕を組んだリンザスのしみじみとした呟きに揃って吹き出してしまい、また大笑いになったのだった。
「レイルズ様。そろそろ、朝食のご用意をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ようやく落ち着いたらしいレイ達の様子を見て、アルベルトが進み出てレイに伝えた言葉にレイは慌てて頷いたのだった。
「おお、これくらいだったら俺達でも何とかなるなあ。ちょっとは落ち着いて食べられるから、今朝は何を食べたか分からないなんて事にはならなさそうだ」
「うん、確かに。これくらいならちょっとは余裕もあるぞ」
順番に運ばれてくる朝食は、顔ぶれを考えてくれたのだろう朝食にしてはかなりの量もあって、とても美味しい。
マークとキムの呟きにあちこちから小さな笑いと彼らのカトラリーの置き方に関する注意が飛び交い、完璧だと思っていた二人は、またしても情けない悲鳴を上げて机に突っ伏したのだった。
朝食の後は、また書斎へ行ってそれぞれ好きに本を読んでは、数人で集まっては精霊魔法に関する自論を語り合って過ごした。
リンザスとへルツァーはマークとキムの側から離れず、二人から合成魔法に関する詳しい説明や、実際の発動の際の注意点や問題点を聞いていたのだった。
その後は庭に出て、いつもマークとキムがやっている火と風の合成魔法で作り出した火の玉を投げ合う練習を時間までして過ごした。
その結果。リンザスとヘルツァーの二人は、完全にそのやり方を理解して実践出来るようになって全員から大いに感心されていたのだった。
「いやあ、さすがは最前線の砦に立つ現役の軍人だな。訓練に明け暮れるばかりの俺達とは覚えの早さが違うよ」
「確かに。じゃあ後日改めて時間を作るから、もう少し詳しい説明をするよ。それまで時間のある時に、これを投げ合う練習をすると良いぞ」
揃って真剣な顔で頷く二人を見て、レイは不意に不安に襲われた。
「ねえ、だけどこれはまだあくまでも理論も完全に確定したわけでは無い全く新しい精霊魔法で、実際の発動だって、他の技に比べたらまだまだ術そのものも完成したとは言えないくらいに安定度は低いんだよ。だから、万一戦いになったとしても……」
彼らが実戦の場に立つ事を想像してしまい口籠るレイに、リンザスとヘルツァーは笑って大きく頷いた。
「心配してくれてありがとな。もちろんそんな事は分かってるよ。これはあくまでもまだまだ研究段階であって、実践に投入出来るようなものでは無い。せいぜいがこけおどしに使えるくらいだろうさ」
「だけど、考える頭は多い方が良い。俺達だって実際の戦いの際にこれはすぐに活躍するなんて思っていないさ。だけど、いつ何処でどんな風に発展して、突然何かの役に立つ事があるかもしれないだろう? 研究するって事は、そう言う事なんだよ。今はまだ未知数な部分が多いこの合成魔法も、いつかは誰もが扱える有力な技となりうる可能性を秘めているんだ。それに接する機会があるのに、研究しないなんてあり得ないだろう?」
その言葉に全員が揃って大きく頷き、互いの拳をぶつけ合って笑い合ったのだった。
『成る程な。己の力量を弁え、それでも少しでも高みへと登ろうとする姿とは中々に愛おしいものだな。人の子の新たな一面を見せてもらった気がする』
嬉しそうに目を細めたブルーのシルフの呟きに、ニコスのシルフ達も揃って嬉しそうに頷き合っていたのだった。




