おやすみなさい
「有り得ない。あの硬さは人として有り得ないぞ」
「全くだ。絶対におかしい。確かにあの頭は確かに鋼鉄製だ」
「いや、もしかしたらミスリル並みの強度なんじゃあないか?」
「本当にそうだよなあ。それくらい硬いって絶対に人としておかしいよな」
「全くだ」
またしてもベッドに横になってハン先生の手当てを受けているクッキーとヘルツァーを心配そうに見ているのかと思っていたら、キム達は顔を寄せて小さな声で笑いながらそんな事を言って何度も頷き合っている。
「お前らなあ……」
額を押さえたヘルツァーの声に、彼とクッキー以外の全員が同時に吹き出す。
「まあ、彼の鋼の頭突きは最近のお泊まりの恒例事件と化していますからねえ。来ていて正解でしたね」
おかしくて堪らないと言わんばかりのハン先生の言葉に、なぜここにハン先生が来てくれているのか分からなくて戸惑っていたレイが大きく吹き出す。
「あはは、そういう事だったんですね。どうしていつもは本部にいるハン先生がここにいるのかわからなくて、ちょっと心配していたんです」
笑ったレイの言葉に、顔を上げて振り返ったハン先生が小さく吹き出す。
「昨夜ラスティから連絡をいただきましてね。あなたがマーク軍曹やキム軍曹と一緒に一の郭の瑠璃の館でお泊まり会をするのだと。まあ間違いなく枕戦争で誰かが鋼の頭突きの犠牲になるだろうからと予想して、夕方からここに来ていたんです。無駄足にならなくて良かったですねえ。やっぱり何事も事前準備が大事ですよ」
「いや……そこは無駄足になったって言って、喜ぶところじゃないですかねえ」
同じく額を押さえたクッキーの言葉に、また笑いが起こる。
「まあ、お泊まり会ではほぼ間違いなく誰かが鋼の頭突きの犠牲になっていますからね。次回からは額に鋼のバンドを巻くか。兜を被って枕戦争をすると良いですよ。それなら幾ら何でも鋼の頭突きは防げるでしょう」
「それって、鋼の頭突きは防げても、そもそもその防具で怪我人が出そうだ」
大真面目なマークの呟きに、またしても全員揃って同時に吹き出したのだった。
「明日の予定ってどうなってるんだ?」
額に大きな湿布を貼ったリンザスの言葉に、レイは笑顔で答える。
「えっと、明日の午前中はゆっくりしてもらって構わないよ。午後からはお茶会でアルジェント卿やお孫さん達、それからゲルハルト公爵閣下のところのライナーとハーネインも来てくれる事になってるんだ。あ、ヴィゴの奥様のイデア夫人と娘さん達お二人も招待してるんだ。きっと明日も賑やかになるね」
嬉しそうなレイの言葉に、皆苦笑いしている。
レイは当たり前のように説明したが、そもそも貴族の子息を子供だけで誰かの屋敷へ行かせるような事はしない。
女性の場合は特に大変で、最低でも保護者かお目付役の親戚の女性が一緒についてくる。ヴィゴの奥方と娘さん達を一緒に招待したのは、それが当然だからだ。
アルジェント卿はお孫さん達を連れてよく出かけているので珍しくはないだろうが、ゲルハルト公爵家の嫡男である長男と次男が二人揃って子供たちだけで遊びに来るのだと言う。
恐らく来る時にはアルジェント卿が一緒に連れてくるのだろうけれども、それでも子供達だけで来させるという時点で、ゲルハルト公爵がいかにレイルズを可愛がり、また信頼しているかの証明でもあった。
「じゃあ、もうそろそろ休ませてもらうか。どうする? ここで雑魚寝するのも楽しそうだけどな」
飛び散っていた枕を拾ったジョシュアの言葉に皆も笑って頷き、無理矢理ソファーをベッドの横に持って来て、更に広くしてから全員がぎゅうぎゅう詰めになってベッドに並んで寝転がったのだった。
「押すなって」
「いや、こっちもギリギリなんだよ」
「それが良いんじゃないか」
最初は遠慮していたマークとキムとクッキーの三人も、途中からは好きに手足を伸ばしてお互いを蹴り合いながら楽しそうに自分の寝る場所を確保していた。
こんな大人数での雑魚寝なんて生まれて初めてのレイも、嬉しそうに笑いながらあっちこっちを蹴飛ばしては蹴り返されては、声を上げて笑っていたのだった。
ようやく寝静まって静かになったのは、もう東の空が白み始めている時間になってからの事で、密かに隣室で待機していた執事達も、その様子を見て安堵のため息を吐いてやっと休む事が出来たのだった。
折り重なるようにして、くっつきあって仲良く熟睡している彼らの周りには、勝手に集まってきたシルフ達が楽しそうに髪の毛を引っ張ったり、胸元に潜り込んだりして仲良く遊んでいたのだった。




