お茶と雑談
「はあ、ひと休み〜〜」
隣の部屋に置かれていた大きなソファーに座ったジョシュアが、そう言って大きなため息を吐く。
「ううん、さすがに疲れた。こんなに真剣に精霊魔法について集中して勉強したのって、初めて精霊魔法訓練所に通った初心者の頃以来な気がする」
チャッペリーがテーブルを挟んで置かれたもう一つのソファーに座って苦笑いしながらそう言い、隣に座ったリッティロッドにもたれかかる。
「確かにそうだよな。だけど今になって精霊魔法の全く新しい事を知るって、もうそれだけで何だかワクワクして、真剣に勉強したくなるよな。ほら、重いからあんまりこっちに寄っかかってくるんじゃねえよ」
リッティロッドも同意するように何度も頷きつつ、自分に体重をかけてくるチャッペリーの背中を笑って押し返した。
「本当だよな。いやあ、しかし今日改めて話してて思ったけど、キムって実はすげえ奴だったんだな。以前はもっと大人しくてもの静かな奴だと思ってたんだ。だって、合同授業の時にも特に積極的な発言をしてた記憶は無いよな。だから顔は知っていたけど、レイルズが来るまではあまり直接話をした事って無かった気がする」
「ああ、それは俺も思った。以前も会えば挨拶程度はしたけど、彼は第四部隊の兵士達とばかり普段は一緒にいたから、俺達貴族とはほとんど関わって来なかったもんな」
「あれ、そうなの?」
執事が淹れてくれたカナエ草のお茶を受け取りながら、レイが驚いたようにジョシュア達を振り返る。
「まあ今にして思えば、レイルズの相手にマークとキムを合わせたのって、偶然だったんだろうけどもうこれ以上無い天の采配だよな」
「確かに。自覚なき天才の親友が、努力の出来る秀才と無自覚の達人だもんなあ」
こちらも淹れてもらった紅茶を受け取りながら、ジョシュア達は半ば呆れたようにそう言って笑い合っている。
その時レイは、彼らがマークとキムを自分の親友だと言ってくれた事に気づいて密かに喜んでいたのだった。
その後は、のんびりお茶を飲みながら貴族である彼らにしか聞けない夜会での失敗談や、色仕掛けされて逃げ回った時の様子などを面白おかしく聞かされて、レイはもう途中からひたすらうんうんと頷いて夢中になって聞いていたのだった。
そしてレイが、以前カウリと二人で参加した夜会で、エルヴィーラと呼ばれる女性から初めて色仕掛けをされた時の事を話すと、何故か全員から揃って呆れたように笑われた。
「お前すげえな。無自覚であの女狐を撃退しちまうとは」
「うん。確かにすげえ。ちょっと見直したよ」
「レイルズでさえちゃんと撃退できているのに、あの時の俺なんて……」
リッティロッドが顔を覆って情けなさそうにそう呟くと、何故かチャッペリーとジョシュアが同時に吹き出した。
「まあ、あれは事故だと思って忘れろって言っただろう?」
何故か妙に優しくチャッペリーがそう言ってリッティロッドの肩を叩く。
それを見てジョシュアは大笑いしているし、何故かクッキーまでが横を向いて必死になって吹き出すのを堪えていた。
レイだけは意味が分からず不思議そうに目を瞬いているのを見て、また何故か全員が揃って吹き出す。
「なあ、こっち方面ってもしかして……俺達が担当してやらないといけない?」
「さあ、どうなんだろうな。これはあとで竜騎士隊の誰かに連絡を取って確認しておくべきじゃないか?」
ジョシュアとチャペリーが二人揃って、腕を組んで苦笑いしながらそう言って頷き合っている。
「ええと、お前……色仕掛けの意味って分かるよな?」
何故か心配そうに横からクッキーに聞かれて、レイは当然のように頷く。
「もちろん。えっと、女性が自分の魅力で男性を惹きつけるって意味だよね」
無邪気な答えに、レイ以外の全員が苦笑いになる。
「まあ言葉の意味としては間違ってないけどなあ」
「ここでこの答えが出るって事は……」
「お前、経験ある?」
真顔のジョシュアの言葉に、レイはまた不思議そうに首を傾げる。
「経験? 何の?」
レイがそう尋ねると、また全員が揃って吹き出す。
「ああ、もうその答えを聞けただけで、今夜ここに泊まった意味があるよな」
「了解だ。これは由々しき事態だな。後日改めてルーク様かカウリに確認を取って、俺達がどうすべきかご教授願おう」
「だな。場合によっては誰かの屋敷で勉強会を開いた方がいいかもしれないぞ」
「そうだなあ。確かにその方がいいかもしれないなあ」
うんうんと頷き合う彼らを見て、レイは無言で考え込む。
クッキーはそんなレイを、面白そうに横で見ているだけで特に何か言ってはこない。
「もしかして……」
しばらく考えていたレイが、顔を上げて口を開く。
「おう、言ってみろよ」
何故か妙に優しい笑顔の彼らが揃ってそう言うのを聞いて、レイは眉を寄せて口を尖らせた。
「さっきからジョシュア達が話してるのって、結婚した男女がする事? 経験があるかって僕に聞いたのって、それの事?」
真顔のレイの質問に、今度は全員が笑う事なく何故か安堵するように揃ってため息を吐いた。
「ああ良かった。とりあえずそこのところは知ってるんだ」
「って事は、実技はまだだけど座学は終了してるって事か」
「ええ、それはまた微妙だなあ」
もう途中からは完全に面白がっている彼らの様子を見て、ようやく彼らの話の内容を理解したレイが唐突に真っ赤になる。
その瞬間、また全員揃って吹き出し大爆笑になったのだった。




