夕食と様々な勉強
「ほら、もっと背筋を伸ばして座る」
「二人とも座った時に猫背になりがちだな。これは意識して直さないと癖になってるぞ」
「確かにそうだな。ほらあまり椅子には深く座らない」
「こういう自由な席でも、カトラリーの扱いには気をつけるんだぞ。ここ、置く時の向きが違う」
最初はおそらく親切心からだったんだろうけれども、全員から次々に突っ込まれてパニックになるマークとキムの二人に途中から、レイとクッキー以外の全員が、完全に面白がって次から次へと注意をしたものだから、もう後半ではマークとキムの二人は干からびたお茶っぱみたいになっていたのだった。
「うああ、このご馳走を前に、何を食ったのか全然覚えてねえよ!」
「俺もだ〜〜〜! ああ、俺の癒しの食事の時間が〜〜!」
食後のデザートと紅茶を前にまたあちこちから突っ込まれて、情けない悲鳴を上げた二人にその場は笑いに包まれたのだった。
「どうやら、お茶会まではまだまだみたいだね」
一人、しっかりと食べてデザートまで平らげていたレイは、またからかわれて悲鳴を上げているマークとキムをずっと笑顔で見つめていたのだった。
「友達って、いいね」
これ以上ないくらいの笑顔でそう小さく呟いたレイは、デザートのケーキが一欠片だけ残ったお皿の縁に座ったブルーのシルフに、そっと優しいキスを贈ったのだった。
終始笑顔の絶えない夕食が終わり、そのまままた書斎へ移動する。
マークとキムの隣にリンザスとヘルツァーが座り、彼らを中心にしてまた先程の魔法陣の展開方法についての話が始まっていた。
レイは、笑って少し下がった位置から彼らを見て、時折会話に参加して理解に苦労しているところを教えてやったりして過ごした。
「ううん、さすがに皆精霊魔法に詳しいなあ。俺達の方が勉強になるよ」
マークとキムは、何度も嬉しそうにそう呟いて、持って来ていたノートに、思いつくままに新しい魔法陣を描き散らかし、またそれを見せては激論を交わしたりもしていた。
「はあ、ちょっと皆落ち着こう。おかげでまた色々と考察する必要がありそうな出来事が出てきたからなあ」
「だよな。ちょっと落ち着いて整理したい」
マークとキムが、積み上がったメモを見て苦笑いしながらそう言って大きく伸びをする。
周りでも同じように体を解しながらリンザスが笑っている。
「そうだね。じゃあここからは各自好きにしてもらって、本を読むなり資料を作るなりしようよ。まあ、質問は随時受け付けるって事でさ」
笑顔のレイの提案に皆が頷き、ここからは各自好きに過ごす事になった。
「俺はこの本が読みたい」
「じゃあ俺はこっち」
それぞれ好きな本を手に、食事の間に新しく追加で置かれた大きなソファーに座って読書を始めたのはロルフとフォルカーだ。また、移動階段を引っ張ってきて精霊魔法に関する本が並んだ場所の前に陣取り、早速本を漁り始めたのはジョシュアとチャッペリーだ。
リンザスとヘルツァーはマークとキムの両隣に座ったままで、もらった資料に書き込んだメモの整理を始めた。ここならいつでも彼らに質問出来る位置だ。
リッティロッドとフレディはリンザスの隣に並んで座り、マークとキムが話していた精霊魔法の失敗談の載った本を真剣な表情で読み始めていた。
そしてクッキーは、レイの隣に座ってガンディが持って来てくれた精霊魔法論に関する本を夢中になって読み始めた。
レイは、そんな彼らを見回して嬉しそうに何度も頷くと、自分も読みたかった光の精霊魔法に関する古い本を取り出して真剣に読み始めたのだった。
「なあ、ここちょっと質問してもいいか?」
「おう、ちょっと待ってくれよな……ええと、お待たせ。何処だい?」
リンザスとマークの小さな声と、書類を置く紙の擦れる音が静まり返った書斎に響く。
何人かはその様子を見て本を読むのをやめて彼らの話の内容を聞こうとして近寄り、そこからまた激論が交わされたりもしたのだった。
「はあ、なんて言うか……ここ最高だな」
「確かに。もうずっとここにいたいと思える」
かなりの時間が経って少し読書に疲れたジョシュアは、読んでいた本に栞を挟んで置くと大きく伸びをして強張った体を解した。
「ちょっと喉が渇いたけど、お茶の用意ってしてくれてるのかな?」
「隣の部屋に、お茶と軽食をご用意しております。大変申し訳ございませんが、こちらの書斎では……」
「わかってますよ。飲食は禁止でしょう? これだけ貴重な本が並んだ場所でお茶でも零したら責任問題ですからね」
遠慮がちな執事の言葉に、ジョシュアは笑ってそう言い、立ち上がってもう一度大きく伸びをした。
「ちょっと休憩。お茶飲んでくるよ」
「俺も行く〜」
「あ、じゃあ僕も行きます」
「それなら俺も行くよ」
ジョシュアの言葉にチャッペリーとリッティロッド、それからレイとクッキーが手を挙げる。
マーク達は顔も上げずに計算の真っ最中だ。
それを見て顔を見合わせた五人は揃って口の前に指を立てて笑い合い、そのまま静かに隣の部屋へ向かったのだった。




