予定変更!
終始笑顔にあふれていたお茶会が終了して、一同はレイの案内で書斎へ向かった。
「うわあ、これは……」
「おいおい、確か瑠璃の館の以前の主人って、確かルーディア伯爵で……」
「うん、家を畳む際に、蔵書は全て城の図書館に寄付なさったはずだぞ。城の図書館には、ルーディア伯爵の名前の印が入った本が、たくさんあるからな」
「それなのに、これって……」
全員が呆気に取られて本棚を見上げていた。
「ああ、しかも!」
突然のリンザスの大声に、全員が飛び上がる。
「おお、さすがは最前線に立つ現役の軍人。声の大きさが俺達とは違うぞ」
呆れたようなロルフのつぶやきに、あちこちから笑いが聞こえる。
「なあ、そんな事より! これ!」
リンザスが手にとっているのは、インフィニタスの著書のうちの一冊で、先ほどレイ達が取らなかった一冊だ。
「それなら〜ここにも〜別の本が〜〜」
「あるんだよな〜〜〜」
マークとキムが笑いながら、午前中ここで読んでいた本が入った籠を指差した。
慌てて覗き込む彼らの口から、次々に悲鳴に近い歓声が上がり書斎は拍手に包まれたのだった。
「うああ、こんなに選ぶのが難しい問題は俺の人生で初めてかもしれない」
「確かにそうだよな。自分の体が一つしか無い事が心底悲しいよ」
「うああ、どうすればいいんだ〜〜!」
リンザスとヘルツァーの叫びに、ジョシュアだけでなく全員が揃って顔を覆った。
「どうしたの皆?」
不思議そうに本棚の前でしゃがみ込んでいる彼らを覗き込んだレイの言葉に、全員が一斉に立ち上がる、
「うわあ! びっくりした!」
飛び上がるレイの腕をリンザスががっしりと掴む。
「これは究極の選択だぞ。幻と言われるインフィニタスの魔法論が複数ある本棚と、マークとキムから合成魔法に関する講義を聞く。俺達には時間が限られていて、今日はどちらかしか選べないんだ」
「だけどどちらか一つだけを選ぶなんて、俺には出来ないよ!」
「俺も無理、だけど、俺は出来ればマークとキムの講義を聞きたい」
「ええ、俺は本を読みたい。二人の講義なら、また訓練所ででもいいし、日を改めてどこかで会って聞く事も出来るじゃないか」
「ううん、これは……」
腕を組んで考え込む彼らを見て、レイも一緒になって考える。
「えっと、時間が無いのはリンザスとヘルツァーだよね。ちょっと質問だけど、休暇はいつまでなの?」
「今日を入れて、あと五日はオルダムにいられる。だけど帰る日程を考えたらそれが限界だよ」
「ちなみに、明日の予定は?」
「いや、明日はちょっとゆっくりしようと思っていたから、大きな予定は入れてないよ」
リンザスの答えにヘルツァーも一緒に頷く。
それを聞いてレイは目を輝かせた。
「ねえ、それなら良かったら今夜はここに泊まってよ!」
驚きに目を見開く二人に、満面の笑みのレイは大きく頷く。
「今夜は、マークとキムにはここに泊まってもらう事になってるんだ。飽きるまで書斎で本を読んで、好きなだけお喋りをね……」
「お願いします!」
二人の叫びが聞こえた直後、その場にいた全員が一斉に手を挙げたのだ。
「あの、ご迷惑でなければ俺たちもお願いしたいです!」
「何ならそこのソファーでも構わないって!」
「いや、客室は要らない。書斎にソファーを置いてくれればそれでいいです!」
「俺もお願いします!」
「ええと……」
まさかの全員のお泊まり希望に、レイは戸惑いつつ扉の横に控えているアルベルトを振り返った。
「かしこまりました。すぐにお部屋とソファーはご用意いたします。夕食の時間が少々遅くなるかもしれませんが……」
「構わないから」
全員が揃って大きく頷くのを見て、一礼したアルベルトは別の執事にこの場を任せて一旦下がった。
三人分で予定していた夕食が更に九人分も追加になるのだ。しかも、全員が十代から二十代前半の食べ盛りの若者達だ。万一にも、用意する食事が足りない様な事態があってはならない。もちろん、それ以外にも部屋の準備や担当執事の手配もしなければならない。
あの様子では、本当に書斎で一晩中過ごす可能性もない訳では無いが、それを当てにして準備を怠る様では貴族の屋敷の執事は務まらない。
例え何があろうとも、慌てる様子は見せずに完璧にやり仰せなければ、恥をかくのは自分ではなく主人であるレイルズ様なのだ。
頭の中で、予定を必死になって組み立てつつ、アルベルトは足早に担当部署を回って指示を飛ばしていくのだった。




