光の精霊
泉の底で眠っていた蒼竜は、またしても精霊達に起こされた。しかし今回は大騒ぎするのではなく、静かなままヒソヒソと囁き合い、奇妙な緊張感を漂わせている。
「一体今度は何だ。落ち着いて眠る事も出来ぬ」
尾を振り撃ち泡立つ水の中、蒼竜は水面を見上げた。
水中から見る空は未だ暗く、夜明けまでにはまだ少し間があるようだ。
『困ってる』
『困ってるよ』
『どこにいくの』
『どこにいくのかな』
『泣いてるよ』
『泣いてるよね』
『いないの』
『いないんだね』
『どうしよう』
『どうしよう』
『助けるの』
『助けるの』
『どうしよう』
『どうしよう』
その時、ざわめく精霊達とは違う聞きなれない声が聞こえてきた。これはかなりの力を持った上位の精霊の声だ。
『……寂しい寂しいあの人は何処』
『何処なの……何処にいったの』
『寒い……寒い寂しいの』
聞きなれぬ複数の精霊の声に、ようやく妙な様子の精霊達の原因がわかった。
自分達より上位の見知らぬ存在に、どうしていいのか分からないのだろう。
これは、自分が行かねばならない。
水底を蹴って一気に上がり、水面に顔を出した。
問題の精霊達の気配を探して、蒼竜は翼を広げて飛び上がった。
その精霊は、大好きな人といつも一緒にいた。
その人は自分の事をとても可愛がってくれていたし、とても素敵な居心地の良い寝床もあった。その人の為に働く事はこの上ない喜びだった。
その人が寂しそうに泣きながら、もうあなた達とはいられないと言った時、精霊は故郷を捨てる決心をした。
大好きな人と一緒なら、何処にでも行ける。孤独の中に残されるのは嫌だった。
頑として断られ続け、お別れだと一方的に放逐されてもその人の側から離れなかった。最後に根負けしたその人は、ありがとうと言ってまた泣いた。
変わってしまった、小さな寝床に閉じ込められても構わなかった。自分が必要になればきっと呼んでくれるはずだと、信じて眠っていればよかったから。
自分と同じように、その人の後を追ってきた他の精霊と共に、小さな寝床で寄り添って眠った。
また、あの楽しい時が戻ってくると疑いもせずに眠った。
それなのに、ようやく呼んでくれたその人はいなくなってしまった。見失ってしまっても、ただただ恋しかった。
いきなり放り出されたそこは、原始の気配を強く残す深い森だった。
見知らぬ強い力を持った気配も感じられる。そして、息を潜めて様子を伺う見知らぬこの森の精霊達。
どうしたら良いのか分からず途方に暮れた。
その時、覚えのある嫌な気配を遠くで感じた。
こちらに手を伸ばそうとしている。
『嫌! 嫌! 嫌!』
『アイツはキライ!』
『キライ! キライ! キライ!』
『助けて! 助けて』
どうしたら良いのか分からなくて、ヒステリーを起こしたように叫ぶ事しか出来なかった。
すると、突然周りで様子を伺っていた精霊達が、一斉にあの嫌な気配に向かっていった。
更に驚いた事に、伸ばされていた手の気配が断ち切られる。
慌てて森の奥へ逃げた。
しかし、どれだけ探しても、やはり大好きなあの人の気配は感じられなかった。
悲しくて寂しくて寄り添い啜り泣いていると、不意に見知らぬ強い力に呼ばれた。
「……行くところがないのなら我の元に来るがよい」
それは、とても強く魅力的な声だった。
声の気配の元に必死で向かうと、そこに居たのは一頭のとても美しい蒼い古竜だった。揺るぎない大樹のような頼もしい姿と途轍もなく強い力に受け入れられて、精霊達は歓喜した。
泉から飛び立った蒼竜は、ゆっくり翼を広げて森の上を低く飛んだ。件の気配を探して飛んでいると、森の入り口付近で騒ぎが起こったのに気付いた。無理に森に入ろうとしている奴がいる。
久しく忘れていた強い怒りの感情のまま、己が共棲している精霊達に命じた。
「あれを追い払え、逆らうなら容赦するな」
命じられた精霊達は、侵入者目掛けて殺到した。
そこには精霊使いもいて、性根の悪い奴らを連れていた。
まずは性根の悪い奴らを圧倒的な力の差を以って叩きのめすと、主人を放り出して逃げ出した。情けないにもほどがある。
後は、森の入り口まで、守るものの居なくなった侵入者達を有無を言わさず追い返した。
すると、侵入者達は今度は森に火を放とうとした。
怒った他の精霊達まで加わって、侵入者達をひっくり返して泥まみれにし、散々に叩きのめした。
乗っていたラプトルは、支配の呪に縛られていたので断ち切ってやる、すると、すっ飛んで森の中に逃げ込んできたので入れてやる。
泥まみれで這うようにして逃げて行く侵入者達を、突風の追い風が更に転がして放り出す。
もう、侵入者は戻ってこなかった。
侵入者達を追い出した事を見届けると、蒼竜は逃げた性根の悪い精霊達を捕まえて、ひとまとめにして呪をかけて縛り、森の外へ捨てて来させた。
あんな奴らがどうなろうと知った事ではない。
主人を無くし住める場所もなくした精霊は、徐々に力を失い、いずれ風になり散ってしまうだろう。精霊王の元へ帰り、性根を叩き直してもらえば良い。
最初に探していた精霊達は、すっかり怯えてしまったようで、森のかなり奥深くまで逃げてしまった。このまま森に住むのならばそれも良いかと思っていたら、寄り添って不安げに啜り泣き始めた。
これだけの上位の精霊でも、主人を無くすとこれ程に弱るのか。
過去の己を見ているようで、放っておけなかった。
「……行くところがないのなら我の元に来るがよい」
狂喜して来る精霊達に向かって静かに力を解放し、新しい仲間を己の中へ受け入れた。