マークとキムの心配
「この後の、午後からの予定ってどうなってるんだ?」
クラウディアとニーカの馬車を見送り、応接室まで戻ってきたところでマークが不思議そうに振り返る。
「えっと、精霊魔法訓練所の友達を何人か招待してるんだ。また一緒に書斎で勉強出来るかと思ってね。えっと、それで僕も今朝聞いたんだけど、ジョシュアから連絡があったらしくて、知り合いを二人連れてきてくれるんだって」
「知り合いって、誰だよ?」
不思議そうなマークの質問にレイは首を振る。
「えっと僕も聞いていないんだ。だから誰が来るのかは分からないの」
その言葉を聞いて、一気に二人の顔に警戒の色が乗る。
「どう思う?」
「ううん、これは、はいそうですかって言って流して良い話しか?」
突然、顔を寄せて相談を始めた二人を見て、レイは不思議そうに首を傾げる。
「なあ、今のジョシュアが誰かを連れてくる話って……誰から聞いたんだ?」
真顔のキムの言葉に、レイは目を瞬かせて後ろに控えているアルベルトを振り返った。
「えっと、アルベルトとラスティから聞いたよ。お披露目会の詳しい段取りは彼らがやってくれているんだ。僕にはとても無理だよね」
無邪気なレイの答えに無言で頷いたキムとマークが、困ったようにアルベルトとラスティを見る。
「あの……」
しかし、この無邪気な彼の目の前ではっきりと聞いて良いのだろうか。
一瞬ためらったキムの様子を見て、ラスティはにっこりと笑って頷いた。
それを見て、少し安心したキムが口を開く。
「ええと、それってつまり……大丈夫なんですよね?」
「流して良い話なんですよね?」
敢えて何が大丈夫なのかを言わない彼らに、ラスティはもう一度笑顔で頷いた。
「ご心配いただき心より感謝致します。しっかりと、どなたが来られるのか我々は把握しております。その上で問題無いと判断して、ご一緒にお連れいただくようジョシュア様にお願いいたしました」
「ああ、それなら大丈夫ですね。良かった〜〜割と本気で心配しました」
「だな。それなら安心だ」
顔を見合わせてうんうんと頷き合う二人を、レイは不思議そうに見ている。
「えっと、どうしてそんなに心配なの?」
これまた無邪気な質問に、マークとキムの二人が同時に大きなため息を吐いた。
「あのなあ、お前は良い加減自分の置かれた立場ってものを理解してくれよな」
「そんなに無警戒でいられたら、俺達の方が心配で胃が痛むよ」
「えっと……」
戸惑うレイは、空中に目を泳がせた後無言で考える。
「今、二人が問題にしたのは、ジョシュアが誰を連れて来るのかって事だよね?」
揃って頷く二人を見てまた考える。
「つまり……マークとキムは、ジョシュアが何か問題のある人を連れて来るんじゃないかって考えたから心配してくれた?」
「まあ、当たらずも遠からずってとこだな」
苦笑いしたキムは、小さく首を振ってレイを見つめた。
「じゃあもうこの際だからはっきり言っておくけど、お前は唯一無二の古竜の主だ。これは分かってるな?」
当然なので、素直に頷く。
「そして現在は正式に紹介された竜騎士見習いで、来年の春には正式な竜騎士になって、陛下から直々にお前の為だけに打たれた唯一の竜騎士の剣を授かる事になる」
笑顔で頷くレイに、真顔のキムとマークも頷く。
「俺達は、お前がただの騎士見習いとして精霊魔法訓練所へ通っていた時からの友達で、まあ色々あってお前の身分が知れた後も、そのままこうやって近しく友人同士としてつき合わせてもらっている」
「だから俺達にとっては、対等な関係だった友人がたまたま竜の主で竜騎士見習いになったわけだ」
マークの説明にも、その通りなので頷く。
「だけどそれ以外の第三者にしてみれば、突然現れた、お前はある意味世慣れていない一般出身の竜の主。間違いなく貴族社会の事はあまり知らなさそうだ。うまく言いくるめて取り入ってお近づきになってやるって、そう考える人は多いって話なんだよ」
「だから友人の紹介だからって、あまり無警戒に誰とでも会おうとしたりするなよ」
「今回はお二人がしっかり確認してくれているみたいだから良いけど、本当に気をつけろよな」
本気で心配しながらそう言ったマークとキムだったが、目を瞬いたレイは、少し考えてさらに首を傾げた。
「ええ、僕に取り入って何か得がある?」
真顔でそう聞かれて、マークとキムは膝から崩れ落ちたのだった。
「ええ、ちょっとどうしたんだよ二人とも」
フカフカの絨毯に座り込む二人を見て、レイは慌ててしゃがみ込んで彼らを覗き込んだ。
「だからお前は、自分の置かれた立場ってものを少しは理解してくれ!」
「竜騎士と何とかしてお近づきになりたいって考えてる人は、大勢いるんだよ!」
「ええ、そんな事言われても困っちゃうよ」
「ああ〜〜誰かこいつに世間ってものを教えてやってくれ〜」
顔を覆って叫ぶキムの言葉に、マークもものすごい勢いで何度も頷いていたのだった。
「レイルズ様のご友人がマーク軍曹とキム軍曹で良かったと思える光景ですね」
「そうですね。あのお二人はアルス皇子殿下も絶大な信頼を置いておられます。これから先、彼らはもっと昇進するでしょうね」
密かなアルベルトとラスティの会話には気付かず、絨毯に座り込んだ三人は顔を見合わせて大きなため息を吐き、それから揃って吹き出して大笑いになっていたのだった。




