書斎での発見
「うわあ、すっげえ!」
「なあ、あれってもしかしてミスリル鉱石だよな?」
案内されて玄関に入ったところで、マークとキムは目に飛び込んできた見慣れたミスリルの輝きに驚きの声を上げた。
「すっげえ、ミスリル鉱石ってドワーフギルドが管理してるからそう簡単には手に入らないんだぞ。それなのにこのデカさ。すげえ、凄すぎる」
ニーカとクラウディアも、同じく見慣れたミスリルの輝きに目を奪われていて、こちらは驚きのあまり言葉もない。
「えっと、これはギードの鉱山で採れたミスリル鉱石なんだよ」
「ギードって、確かお前の故郷の家族の名前……じゃなかったっけ?」
「そうだよ。ギードは古い鉱山を持ってて、一人でノーム達と一緒に採掘してるんだ。そこで少し前に新しいミスリル鉱山を見つけたんだって」
「うひゃあ。個人所有の鉱山で、しかも新しいミスリル鉱脈! 大金持ち間違い無しじゃないか!」
驚くキムの言葉に、レイは苦笑いしながら首を振った。
「だけど、森のお家にいたらお金を使う事なんて無いもの。年に数回街まで買い出しに行く時くらいだよ」
「いや、そうかもしれないけど……」
言葉を失うキムの肩をマークがポンポンと叩く。
「あのレイルズのご家族だぞ。それくらいで我を忘れるような方だと思うか?」
その隣ではクラウディアとニーカも揃ってうんうんと頷いている。
「だよなあ、レイルズのご家族だもんなあ」
「だろう?」
互いの顔を見あってうんうんとこれまた頷き合うマークとキムをレイは不思議そうに眺めていたのだった。
「ねえ、それより教えて。あの上にかかってるタペストリー、とっても綺麗だけどあれは何の模様なの?」
天球図を見上げるニーカの言葉に、レイは嬉々として天球図の説明を始めたのだった。
昨日までの来客と違い、彼らにはこういった方面での知識は全くと言っていいほどに無い。なので説明されるままにひたすら感心するだけで玄関を後にしたので、残念ながらミスリル鉱石の下に置かれていた、一生に一度見ることが出来れば幸運だとまで言われる千年樹の置き台については、誰一人気づかないまま通り過ぎてしまったのだった。
それから順番に屋敷の中を簡単に案内してから応接室に案内する。
もう、ひたすら感心しっぱなしだった四人は、これまた豪華な部屋に通されて驚きのあまり揃って小さくなっていたのだった。
彼らにとっては、瑠璃の館は少々寛ぐには豪華すぎたようだ。
緊張のあまりほとんど味の分からないお茶と何を食べたかすら記憶に残らなかったお茶菓子をいただいた一同は、早々に書斎へ向かった。
レイも、彼らの緊張に気が付き、本当ならもう少し屋敷の中を案内したかったのだが急遽予定を変えて書斎へ向かった。
「うわあ、すごい!」
「これはまた……」
書斎に入るなり目に飛び込んできた、本がぎっしり詰まった本棚を見てニーカが歓声を上げる。隣ではキムがそう呟いたきり絶句してしまっている。
マークも同じく絶句していたが、いきなり正面の本棚に駆け寄った。
「なあ、インフィニタスの魔法理論に関する書物が複数あるように見えるんだけど、俺の目の錯覚じゃあ無いよな?」
「いや、俺の目にも見えてるから……目の錯覚じゃあ、ない、と……」
マークの言葉にキムがそう答えたが、なぜか途中で言葉が止まる。
「どうした?」
瞬きもせずに無言でこっちを見つめるキムの様子に、マークが心配そうにそう尋ねる。
「なあ、その下の段にある古い本! ちょっと確認してくれ!」
突然のキムの叫びに、驚きつつも下の段を確認する。
「ああ! ティランジアの不首尾と失態の下巻じゃないか!」
「ってか、上下巻が揃ってる〜〜〜!」
「ああ、こっちには続編もある! 崩壊と混乱!」
「うああ! これは素晴らしい!」
本棚に駆け寄り手を取り合って叫ぶ二人にレイとクラウディアとニーカの三人は驚きに目を見張っている。
「ねえねえ。一体何を見つけたの? 実を言うとここの本棚は僕もまだ全然確認出来ていないんだ」
そう言ってレイが駆け寄り、彼らが手にしている本を覗き込む。クラウディアとニーカも、興味津々で駆け寄ってくる。
「これ、ティランジアの不首尾と失態の上下巻とその続編の崩壊と混乱。これは百年くらい前に書かれた本で、今で言う精霊魔法訓練所みたいなところに勤めていた教授達の話を聞き取って書かれた、いわば精霊魔法の失敗談を集めた本なんだよ」
「こっちの最初の二冊は、その学校の生徒達が主にやらかした失敗談。それでその続編の方は、教授達が今までに体験した失敗談や、知り合いの精霊魔法に携わる人達の失敗談を集めたものなんだ」
「これの最初の一巻だけが、離宮の書斎にあってさ。以前レイルズに見せて貰って読ませて貰ったんだ」
嬉々として交互に先を争うようにして説明してくれる内容を聞いたレイも目を輝かせる。
「つまり合成魔法の失敗談が載ってたっていうあの本?」
揃って大きく頷く二人を見てレイも笑顔になる。
「ええと、これって……あ、ティミーのお母上が持ってきてくださった本だね。ここに蔵書印とサインがあるよ。こっちはディレント公爵が持ってきてくださった本だね。ほら、ここに閣下の蔵書印とサインがあるよ」
レイの言葉に二人だけでなくクラウディアとニーカも本を覗き込んで笑顔になる。
今回皆が贈ってくれたように、大量の本を購入して一度に贈る場合は全部にサインをするのは大変なので、送り主の名前と家紋を刻んだ専用の印を裏表紙を開けたところに押すのが慣例だ。
また、自分の蔵書を人に贈る場合は、名前や家名を刻んだ蔵書印とともに贈った事を証明するために直筆のサインをするのも慣例になっている。
「すげえ、さすがはどちらも歴史のある大貴族様だな」
感心したようなキムの呟きに、皆も揃ってうんうんと頷き合っていたのだった。




