今日の予定とちょっとした変更
その日の朝、いつものように身支度を済ませて朝練に参加したマークとキムは、同じく朝練に参加していた同僚達に取り囲まれて質問攻めにあっていた。
「なあ、レイルズ様って、どうかなさったのか?」
「あんなに毎日、必ずと言っていいほど朝練に参加なさっていたのに、この数日朝練だけじゃなくて本部でも全くお見かけしていないんだ」
「もしかして、どこかお体の具合でも悪くされてるんじゃないかって、皆心配してるんだよ」
「お前達なら何か知ってるんじゃないのか?」
「聞きたくて、朝練に来るのを待ってたんだよ!」
心配そうな同僚達の言葉に目を瞬いた二人は、揃って顔の前で手を振った。
「違う違う。心配無いよ、レイルズ様ならとってもお元気だって」
「じゃあ、一体どうして朝練にもお越しにならないし、事務所にも顔を出されていないんだよ」
「今は、郊外への遠征訓練の予定は無いぞ」
詰め寄る同僚に、マークとキムは笑っている。
「大丈夫だって。数日前から、レイルズ様は担当従卒の方とご一緒に、一の郭にある瑠璃の館へ行かれてるんだよ。それでお知り合いの方々をお招きして、瑠璃の館のお披露目会をなさっておられるんだ」
レイが、一の郭にある瑠璃の館を陛下から賜った事は兵士達の間でも有名な話だ。
「何だ。そういう事かよ。よかった〜それなら安心だな」
「ああ、良かった。本当に何かあったのかと思って勝手に心配してたんだよ」
マーク達の説明を聞いて納得してそれぞれ運動を始めた同僚達を見て、マークとキムも苦笑いしていた。
「それで、実は俺達もそれにご招待いただいてるんだよな」
ごく小さな声でそう呟き互いの顔を見合わせて笑い合った二人も、準備運動を始めるためにいつもの場所へ向かうのだった。
いつものように早朝のお祈りに参加したクラウディアとニーカは、早めの朝食をいただいてから、今日使う分の蝋燭の準備を確認していた。
「ええと、今日はお迎えの馬車が来てくれるのよね」
「ええ、そう聞いてるわ。私達は午前中に瑠璃の館にお邪魔して、昼食を頂いてから帰ってくるんだって」
「今日はお泊まりじゃないのね」
からかうようなニーカの言葉に、クラウディアは分かりやすく真っ赤になった。
「そ、そんなの当たり前でしょう? 瑠璃の館はレイルズ様のご自宅なのよ」
「まあ、そりゃあそうだけどさ」
「もう、おしゃべりはあと! ほらこっちの棚はまだでしょう?」
顔の前で両手を振って話を打ち切ると、別の棚の数を数えようとする。
「そっちは一番最初に終わってる棚よ。ちなみに今数えてるここが最後なんですけど?」
吹き出したニーカの言葉に、顔を覆って大きなため息を吐くクラウディアだった。
身支度を整えて、用意されていた朝食を一人で食べたレイは、今日の予定を改めてアルベルトから聞いていた。
「午後からの来客のリストがこちらになります。ご確認ください」
いつものリストを渡されて、頷いて確認する。
午前中はマークとキム、それからクラウディアとニーカの四人だけだ。
「そっか、ジャスミンは今日にする予定だったんだけど初日に来てくれてたんだっけ」
「はい、最初は今日の予定で招待状を差し上げたんですが、この日は精霊魔法訓練所で定期試験の予定が入っておられたそうです。それで急遽予定を変更してご両親と同じ日に招待させていただきました」
リストを見ながら呟いたレイの言葉に、ラスティが説明してくれる。
「うん、そう聞いたね。だけどジャスミンも、久しぶりにボナギル伯爵夫妻に会えたって喜んでくれていたよ」
「ジャスミン様も、色々とお忙しいようですからね」
「頑張ってるんだね」
顔を見合わせて笑顔で頷き、改めてリストに目を通す。
「巫女様方には、昼食をお召しになってから神殿へお帰り頂きます。もちろん、その際にはこちらでご用意した馬車でお送りさせていただきます」
それも聞いていたので笑顔で頷く。
「午後からですが、少々予定が変更になっております」
「ええ、何かあったの?」
「精霊魔法訓練所のご友人のジョシュア様からご連絡をいただきまして、ご友人をお二人お連れくださるとのことです。お名前を確認させていただき、問題無いと判断してリストに加えさせていただきました」
アルベルトの隣にいたラスティが、笑顔でそう教えてくれる。
小さく頷きリストを確認したが、レイが招待を希望した人の名前しか見当たらない。
「あれ、リストに名前が無いね。えっと、誰が来てくれるんですか? ジョシュアの友達って事は、精霊魔法訓練所の友達ですか?」
不思議に思いつつ首を傾げながら質問すると、ラスティはにっこり笑って首を振った。
「ご本人様方のご希望で、当日レイルズ様にお会いするまで名前は伏せて欲しいとのことでございます。きっと直接会って驚かせたいのでは?」
その言葉を聞いて、レイも納得する。
通常、お茶会などで主催者に紹介したい人物を招待されている人が伴って行く事はあるが、そのような場合は必ず誰を連れて行くのかを事前に主催者に連絡する。
名前も告げずに勝手に同伴する行為は礼儀知らずとして非難されるのだ。
「そっか、ラスティ達は、来る人物の名前を聞いて問題無いと判断したんだね。分かりました。じゃあ誰が来てくれるのか、楽しみに待つ事にします」
笑顔でそう言い、この後の予定を順に確認して行った。
一通りの確認が終わり、部屋を出て行くアルベルトとラスティを見送ったレイは、小さなため息を吐いてソファーに座った。
「ブルーは、当然誰が来るのか知ってるんだよね?」
『ああ、もちろん知っているよ』
当然のようにそう言われてレイは口を尖らせる。
「ええ、僕だけ知らないって、なんだか悔しい」
ちょっと拗ねたレイに、笑ったブルーのシルフがそっとキスを贈る。
『きっと其方は喜ぶだろうさ。まあ、楽しみにしていなさい』
「ええ、そんな事言われたら本気で気になるよ。ああ、一体誰が来るんだろう?」
笑ってクッションに抱きつくレイに、ブルーのシルフは面白そうに笑ってもう一度柔らかな頬に想いを込めたキスを贈ったのだった。




